ウソ夫婦
「ああ? 今、なんつった?」
男がキレたのがわかった。
あすかは、男を睨み返す。「静かにしろって、言ったの」
男は怒りで眉が上がったが、それに反して口元にいやらしい笑みを浮かべた。
「お前さあ、明日死ぬんだろ」
男が一歩あすかに近づく。あすかは窓の方へと一歩下がった。
「どうせ、思い出せない」
「わからないわ」
「いや、こんだけ時間かけて待ってやったんだ。もう無理だ」
「……まだ、時間はある」
お互いに睨み合いながら、あすかはじりじりと窓際へと追い詰められる。
「最後に、俺の役に立てよ、な?」
男がネクタイを緩める。
怯えて泣き出しそうになりながらも、あすかは負けまいと目をそらさなかった。
「あんたにヤられるなんて、反吐がでる。それなら、今すぐ死んだ方がマシ」
「てめえ」
男の腕があすかに伸びた。
あすかはとっさに、台の上のビーカーを投げつけた。男の額に命中して、鈍い音が部屋に響く。
あすかは、男の脇をすり抜け、扉へと逃げようとした。だが、タッチの差で、男の手があすかの襟を掴む。
首が絞まって、息がつまった。
そのまま引きずり倒される。
男があすかに馬乗りになった。