ウソ夫婦
女に片腕を引っ張られ、自分の部屋に放り込まれた。ビニールの床に倒れこむ。
「シャワーを浴びて。十五分後に再開よ」
バタンッと乱暴に扉を閉められた。
あの男の血の香りが、自分から立ち上る。あすかは気も狂わんばかりに、着ているものを脱ぎ捨てた。シャワーしかついていない、ちいさなバスルームに駆け込む。
冷たい水も問わず、頭の上から被った。
怖い。
怖い。
怖い。
今目の前で起こっていることは、すべて現実じゃない気がした。
目が覚めれば、日本のあのアパートにいて、あの人にコーヒーを入れるんだ。
うまいも、まずいも言わないけど、全部を食べてくれるあの人に、トーストと焦げたウィンナーを出して。
上から目線で、人を馬鹿にしたように笑うし、自身満々で、本当に腹が立つけれど。
絶対にわたしの側にいてくれる。
あの人。
流れ落ちる水が、徐々に湯に変わっていく。バスルームに白い湯気が充満する。
あすかの肩が震え出した。
返事はもう、わかってるんでしょ?
最初からわかってるけど、わざとわたしから言わせたいのよね。
恥ずかしくて、顔を真っ赤にするわたしが見たくて。
とめどなく流れる湯が、排水溝へと渦を巻いて落ちていく。
あすかは床に崩れ落ちた。
側にいて。
お願いだから、側にいてよ。
湯音が泣き声をかき消していく。
お願い。
今、側にいて。