ウソ夫婦
翠は心を無にして、作業に取り掛かった。笹橋のいう通り、修復作業を保留していたのは、翠自身だ。早く終わらせないと、カウンター内が本で埋め尽くされてしまう。
静かな、図書館。
平日、午前中の図書館は、近所のお年寄りがもっぱらのお客様だ。そういうお客様は、本当に長居をする。いつも同じ席に、同じ人が座っている。冷房も効いているし、過ごしやすいのだろうし、図書館としてもそういう過ごし方を歓迎している。
ただ、もうすぐ夏休みが始まる。そうなると、小学生の子供達が、大挙して押し寄せてくる。『静かに!』という標語を掲げてはいるものの、やはりなんとなくざわついて落ち着かなくなるのだ。
向かいの席に座っていたのぞみが、小声で話しかけてきた。そもそものぞみは、図書館勤務に向いていいないんじゃなかろうか。隙あらば、話しかけてくる。根っからのおしゃべりだ。
「翠さん、今日もお弁当?」
「そうよ」
翠は本から目を離さず、のぞみに答える。
「旦那さんの分も作ったんだよね」
「まあね」
嫌々ながら。
「ああ、いーなー。山崎さん、どこであんな素敵な人と出会ったの? めちゃくちゃカッコいい」
「……そう?」
翠は思わず頬を歪めて笑ってしまった。
だって、素敵な人ととは、程遠い。外面良すぎて、笑っちゃう。
「私、夢なんだ、結婚指輪をはめるの……その指輪、どこで買ったの?」
「さあ?」
特注品だから、デパートじゃないわね。ははは。
「ねえちょっと、はめさせてよ」
のぞみが身を乗り出してきた。
「え? これ……」
翠は一瞬躊躇したが、『もしやチャンス』と思い直した。
素早く付け替えたら、私が指輪を外したってこと、バレないんじゃない?