ウソ夫婦
色あせたゴワゴワのタオルを巻いてバスルームから出ると、血に染まった白衣が目に飛び込んできた。
あすかは慌てて、白衣を蹴っ飛ばし、パイプベッドの下に押し込んだ。
心臓がどくどくと脈打ち、一気に上昇した血圧で、目の前が歪む。
見たくない。あんなもの。
あすかは、備え付けのちいさなクローゼットからシャツを取り出すと、頭から被る。それから、冷たい床に力なく座り込んだ。
もう、記憶を呼び起こすのはやめて、死んでしまってもいいかもしれない。
このまま自分が死んでしまえば、薬が完成することはない。
もう、それでいいじゃないか。
視界の隅に、ベッドの下の白衣が目に入った。
脳裏に、一瞬何かがよぎる。
あすかの背筋が伸びた。白衣を凝視する。
何? 今の。
驚いて、見逃してしまった映像を、もう一度浮かび上がらせようとした。床を這って、ベッドの下から白衣を引っ張り出し、ベッドの上に広げた。
『パスコード……』
かすれたような、柳主任の声が聞こえた。
「パスコード?」
あすかが繰り返す。
青色い光の中で、血にまみれた白衣を着た柳が、目の前に横たわる。
『の、乃木くん……デスクの……上、動かないコンピュータ』
自分自身の血で濡れた指が、床にゆっくりと文字を書く。
『パスコード……』
指が一文字書くごとに、柳の血で押し流され、消えていく。
『あとは、まかせた』