ウソ夫婦
ドンドンドンドン。
激しく扉を叩く音で、あすかは我に返った。
「時間よ。さっさとして」
ドア越しに、女が声を荒げた。
白衣を握りしめ、汗をかく。
やっぱりわたしは、柳主任からデータを託されていた。そのデータをFBIに渡せば、全部を終わりにできる。
柳主任のデスクの上。動かないコンピュータ。
あすかは、記憶をたどろうとしたが、どんな場所だったか思い出せない。
「ほら、出てきなさい」
女がしびれを切らして、ドアを勢い良く開けた。
「まだ、そんな格好してるの?」
女があからさまな苛立ちを見せて、座り込んでいるあすかを見下ろす。
「わかってんの? あんたには時間がないのよ?」
あすかは、女を見上げた。
「ここから出して」
女が鼻で笑う。「何いってるの?」
「ここじゃダメ。あの研究所へ連れて行って」
あすかがそう言うと、女は黙った。じっとあすかの顔を見つめる。
「あの研究所に、何かあるの? わたしたちが隅から隅まで調べ尽くしたけど」
「わからないわ。でも、何か思い出せるかもしれない」
女は腕を組み、しばらく考える。あすかは、負けないように、女の目を強く見返した。
「わかったわ。これがラストチャンスよ。明日の夜、連れて行くわ」
女が言う。
「でも、逃げようとか、変な真似をしようとしたら、容赦しないから。さっきの男がどうなったか、まだ覚えてるでしょ」
そう言った。