ウソ夫婦
ドンッと強く胸を打たれた気がして、あすかはがばっと起き上がった。滝のような汗をかき、全身が震えている。
「ちょっと、過激な起こし方だったかしら」
女は手に注射器を持ち、にやりと笑う。
「ついたわ。降りて」
意識の底から急浮上して、状況を把握しきれないあすかは、ぼんやりと女を見た。
「ほら、降りるのよ」
女はとげのある声で、バンからあすかを引っ張りだした。
オフィス街の中の、ひときわ大きなビル。ガラス張りの外観に、夜空に浮かぶ月が映る。
あすかは、再び男たちに挟まれて、引きずられるように歩き出した。
「日中は、人がいて面倒なのよ」
女は聞いてもいないのに、ペラペラと喋った。
「十階よね。といっても、あなたは覚えてないのかしら」
覚えているのかと言われれば、正直あすかはぴんと来てない。でも不思議と、足が竦んだ。頭よりも先に、身体が警報を鳴らしている。エレベーに乗り込むと、あすかは思わず足に力が入った。
女はあすかをちらりと見ると、満足そうな笑みを浮かべる。あすかは唇を噛んだ。