ウソ夫婦
身体がふわりと持ち上げられる感覚。あすかは吐きそうになって、眉をしかめた。
ポンポンポンと、エレベーターは階数を上げていく。徐々にあすかの緊張が高まってきた。暖かい色の電球の下で、猛スピードで動く心臓が、時々跳ねる気がする。
エレベーターが停止し、小さく前のめりになった。
そして、扉が開いた。
暗闇がカーテンのように、目の前に広がる。薬品の香り。
あすかは男に支えられて、誰もいない、リノリウムの長い廊下に立った。
「突き当たりが、研究室」
女は言って、あすかの背中を押す。あすかはつまづくように、一人で歩き出した。
『お疲れ様』
すれ違う白衣の人たちが、あすかに笑顔で挨拶する。
『このサンプルって、どこに運ぶんだっけ?』
『ランチ、何にする?』
『子供が待ってるのに、毎日残業だなんて、嫌になるな』
人々が話す声が、耳に入る。
暗闇の中、透けて見える白衣の同僚たち。あすかはその間を縫って、研究室へとゆっくりと歩いた。
『柳主任、なんか最近おかしいよな』
『ストレスじゃないか。上からのプレッシャーが半端ない』
『とにかく早く仕上げて、家に帰ろう』
研究室の入り口の前に、体格のいいシルエットが見えた。
「ドクター、お待たせしました」
女が、あすかの背後から、その男性に声をかけた。
「本当にまったよ」
低い声が答える。
あすかの足が止まった。
「Welcome back, Ms.Nogi(乃木さん、おかえり)」
男が言った。