ウソ夫婦
すでに暴走状態だったあすかの心臓に、手で握りつぶされたような痛みが走る。
男が一歩近づくと、研究室の小窓から刺す青白い光で照らされ、悪魔の顔が見えた。
冷静に、狙いを定め、引き金を引く。
お腹の底に響くような銃声が、一発、二発、三発。
叫び声。
呻き声。
すでに絶命している柳主任の横で、あすかは身を縮めた。
見上げる作業台の角から、黒い銃身が覗き、続いて白衣の腕が見える。
『Finally, I found you.(とうとう、みつけた)』
男が微笑んだ。
『Bye, Ms.Nogi(さよなら、乃木さん)』
真っ赤な炎が、目の前で爆発した。
「殺したと思ったけれど」
あすかの目の前の男が言う。
「やり損ねたみたいだ。でも、結果、助かったよ。君は、運がよかったのか、悪かったのか」
男が笑う。「乃木さん、あえて嬉しいよ」
「……キャリー所長」
あすかは、かすれる声で言った。
「思い出したのか?」
キャリーは、興味深そうにあすかを見る。「そうか、ほっとしたよ」
「……あなた、なぜ、あんな……」
あすかは、キャリーを呆然と見つめる。白髪にグリーンの瞳。中肉中背。六十台半ば。どこにでもいそうな壮年男性だが、今あすかの目には、悪魔にしか見えない。
「殺したか?」
キャリーは、面白がるようにあすかを見た。