ウソ夫婦
「じゃ、じゃあ……手を貸して」
翠は高まる期待を押し隠して、そう言った。
「いいの? やった」
のぞみがなんの疑いも持たず、翠に左手を伸ばした。
カメラは右斜め上のエアコンの中。私がそこに背を向けたら、何をしてるかわからない、はず。
翠は席を立って、カメラに背を向けた。のぞみの手に触れる。
そこで気づいた。
「薬指、入るかなあ」
のぞみが呑気にそう言った。
『はいるはいる』
通常なら、明らかにぷっくりとしたこの薬指にでも、社交辞令的にそう答える。でもこの試みには、翠の自由がかかっている。はめてみたがはまらなかったじゃあ、がっかりすぎる結末だ。
「……小指に……してみる?」
翠はマイクに音を拾われないよう、小さな声でしゃべりかけた。
「え〜、まあ、いっか。薬指は本番にとっておかなくちゃってことで」
のぞみは不服そうな顔をしてみたものの、案外素直に小指を差し出した。
チャンスは一瞬。素早く、はめ直さなくてはならない。心拍を途切れさせてはいけないのだ。
翠は思わず、中腰になる。のぞみの指にぐっと顔を近づけた。
のぞみはそんな翠を、目を丸くして見ている。
気合が入る。指輪をそっと浮かせて、のぞみの指先にまで近づけた。指から指へと、高速移動する。元陸上部の腕の見せ所だ。
「……はめるよ」
翠は小声でそう伝える。声に滲む緊張感。
「そんな意気込まなくても……」
翠の気迫に少々押されたのぞみが言った。