ウソ夫婦
今まさに、自由への扉が開かれた。
ランチの時間、のぞみにお弁当をそっと渡すと、翠はカバンから財布だけカメラに隠れて取り出し、席を立った。正面玄関は絶対に監視されているから、裏口からこっそり。
一時間だけだけれど、久しぶりの自由を満喫するゾ! いつも通り過ぎるだけの、あのカフェに入ってみよう。あまーいパンケーキを食べて、なんなら本屋で雑誌を立ち読みだってするんだから。
細い廊下を通って、鉄の重い扉を開ける。首をそっと出して、あたりを見回した。
いない。やった。勝利。
暑い日差しの中に躍り出た。まさに躍りでるとはこのこと。坂道を軽やかにステップを踏みながら、駅の方向へと降りていく。蝉のうるさい鳴き声も、今日はまるで天使が歌っているかのよう。
流れ出る汗を拭いながら歩いていると、「あれ、山崎さん?」と声がかかった。
振り向くと、美術教師の森が立っている。
「森先生」
心軽やかな翠は、明るい声で呼びかけた。「お昼ですか?」
「もうすぐ夏休みなので、今日は給食がないんですよ」
森は愛想よくそう答えて、翠の横に並んで歩きだした。
頭の中に『近づくな』という颯太の声が聞こえた気がしたが、無視をした。だって、こんなに善良そうな人の、どこを警戒しろと?
「先生って、夏休みは何をしてるんですか?」
坂を降りながら、話しかける。
「ああ、担任を持ってる先生方は、やっぱりなんだかんだで忙しいですね。夏季学習教室とか開いてますし。でも僕は美術教師なので、自分の作品に集中するんですよ」
「へえ。すごい。今はどんな作品を手がけていらっしゃるんですか?」
翠が尋ねると、森の顔が少し緊張したように見えた。それから翠に向くと、立ち止まる。翠もつられて立ち止まった。