ウソ夫婦
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
翠は小走りから全速力にスピードアップして、炎天下の元、息を切らした。
どうやったら逃げられる? 断ればいいだけ? でも、もう、話すだけで気持ち悪い!
振り返ると、すぐ目の前に森の上気した顔があった。
「山崎さんっ!」
森が翠の腕を掴む。
きゃーっ。
翠は思わず仰け反り、バランスを崩した。
坂道で転がるなんて、マジ、大惨事! 神様!
ぽすん。
背中に衝撃があった。でも、コンクリートにしては柔らかい。
ん?
振り向くと、颯太の腕の中だった。慌てて見上げると、逆光で表情は見えないが……。
雰囲気が、激怒り。
森が慌てて翠の腕を離す。颯太は、膝の力が抜けていた翠の身体をひょいと持ち上げると、道路に立たせた。
「大丈夫? どうしたんだ?」
声音はやさしいが、すごい威圧感を感じる。
「あ、いや……」
森は気まずそうな顔をすると、一歩二歩と後ろに下がった。
「妻がご迷惑をかけたようで」
「いえ、そんな」
「お手間をとらせました。どうぞお気になさらず、ランチにいらしてください」
森を強制退場。颯太は翠の肩を抱きながら、笑顔で森を見送っている。
森はペコペコと頭を下げながら、坂道をおりていった。
「さて」
颯太の声が頭上から降りかかる。
蝉の声。横を通過する車のエンジン音。
そして、気まずい静寂。
「すいませんでした」
翠は小さな声で謝った。