ウソ夫婦
「いこうか」
颯太はそう言うと、翠の手を引っ張り、坂道をおりていく。
無言の白いワイシャツの背中が、恐ろしい。やがて、翠が行こうとしていたカフェの前に到着した。小さな古い民家を改装している。入り口に「本日のオススメ」がかかれた黒板が下がっていた。
颯太はなにも言わずに、そのカフェへ入っていく。冷房のきいた、薄暗い店内。和装の女性スタッフに窓際のテーブルに案内されると、颯太と向かい合わせに座った。
フルーツたっぷりのパンケーキをオーダーすると、颯太は背もたれに身体を預けて、翠をじっと見つめる。
こ、こわっ。
「お前の考えることは、たいていわかる」
颯太が口を開いた。
「はあ」
「まんまと俺を出し抜いたと思ったんだろう」
「はあ」
「でも……ツメがあまい」
「そう……でした?」
「金子さんが、君の弁当を食べてれば、誰でも気付くだろう?」
「あ、そっか」
翠は肩を落とした。自分自身にがっかりだ。
颯太は大きくため息をついた。
「あの森っていう教師にも気をつけろって言ったのに。へらへら笑って愛想振りまくから、あんなことになるんだ」
「あれは、不可抗力っていうか。だって、あんないい人そうなのに」
そこで颯太が鼻で笑う。
「あいつのインターネット検索履歴なんか、鳥肌もんだぞ。少女趣味じゃないっていうのが、唯一の救い」
「げ……というか、森先生の検索履歴なんか調べたんですか? それって、やりすぎじゃあ……」
翠が言いかけると「ふざけんな」と、颯太が遮った。