ウソ夫婦
コレコレ。
翠は腕を伸ばして、そっと手に取った。未だ水音のたえないバスルームに注意を払いながら、ホームボタンを押す。
案の定、パスワードをきかれた。
「知るわけないし」
翠は小さな声で呟くと、再びバスルームに目をやった。
動く人影。腕を上げて髪を洗っているようだ。黒髪が印象的。そこでふと、違和感が湧く。
あれ? なんていうか、随分と全身、つるんとしてない? そっか、アンダー部分に黒髪が……ないんだ。
翠はそう考えてから、はっと我に返った。
私、何やってんだ!?
水音が止まる。
突然の静寂に、翠はびくっとした。慌てふためいて、その場でくるくる回る。
逃げる? スマホは? 持ってく?
どうしたらいいのか、とっさの判断ができないうちに、
バンッ!!
バスルームのドアが勢い良く開いた。
翠は颯太を見つめる。
モアモアと白い湯気の中、オレンジ色の電気に照らされている、颯太の冷たい顔を見上げた。濡れた黒髪をかきあげる。あの不思議な色の目が、翠を見下ろしていた。
「本当にわかりやすい」
颯太は右手の棚から白いタオルを取ると、腰に巻いた。
「あ……ご、ごめんな……」
颯太の下半身を見ないように、翠は一歩一歩後退りした。背中に引き戸が当たる。翠は後手に扉の取っ手を必死に探した。