ウソ夫婦
炎天下に三十分ほどたっただろうか。文句ばかりが口から出ていた颯太が、ぱたっと黙った。翠が横を見上げると、日差しが顔を照らしているのにもかかわらず、真っ青だ。
「あれ? もしかして具合悪い?」
「……いや」
颯太は前を向いたまま、小さく否定をする。
「ほら、顔色が」
「……大丈夫」
「でも」
「うるさい」
颯太は吐き捨てるようにそう言うと、突然足元がぐらついた。
「わっ」
翠は思わず腕を掴んだ。翠も引っ張られるようによろけるが、膝を曲げて颯太をぐっと支えた。
「くそっ」
蒼白の颯太が吐き捨てるように言った。
「日陰にいきましょ」
翠は颯太に手を添えて、列から出るように促したが、颯太は頑として動かない。
「ちょっと……」
言うことを聞かない颯太に、翠はイラっとする。
「あと少しじゃないか」
「これで乗ったら、死んじゃうって」
「死なないよ」
頑なな颯太は、ぷいと横を向いた。
「何馬鹿なことを……!? 熱中症を馬鹿にしちゃダメっ」
翠は颯太の腕を強引に列の外に引っ張り出した。そのまま木陰のベンチへと連れていく。今度は颯太も文句を言わなかった。
ベンチに座ると、颯太は大きくため息をついた。サングラスをとって、髪をかきあげる。日陰でも熱風が葉の間を通り抜ける。
「やっぱり、帽子必要でしたね」
翠がいうと、颯太は不機嫌そうに顔をゆがめた。「日本の夏は、半端ないな」
「お水買ってくる。あと帽子も」
翠はそういうと、くるりと颯太に背を向ける。
「おい待てって」
颯太が離れる翠の手を掴んだ。「ダメだ、独りじゃ」
翠はその手を優しく振りほどいた。
「大丈夫って。すぐそこだもん」
翠はそう言って、強い日差しの下、笑顔を見せた。