ウソ夫婦

翠のすぐ後ろで、カチャッと何かのボタンを押す音が聞こえた。そして流れ出す、モーツアルト。

「イメージが湧いてくる。ぜったいに傑作が生まれる」
森はそう言うと、翠のすぐ目の前に立った。

な……なんで、お前までパンツ一丁なんだっ。

翠はあっけにとられて、口をあんぐり開けた。森の身体はとことん甘やかされて、ダルダルのプヨプヨだった。そして白いブリーフ。

最悪。

翠は泣きたくなった。

状況は史上最悪。絵を描くんじゃないんだな? 今から、私を好き放題にしようってんだな?

あ、でも……。

翠は必死に自分の薬指を探った。指輪をはめているなら、あいつが助けにくる、はず。

「あ、指輪を探してます?」
森は軽くリズムを取りながら、取り乱す翠に話しかけた。

「契約で縛ろうなんて、おかしいですよ。あんなもの、山崎さんには必要ない」
森は言った。

「……指輪は、どこに?」
翠は枯れる声を懸命に張り上げて、森に叫んだ。

「遊園地の、ゴミ箱の中へ」
森はうれしくてたまらないというように、ステップを大きく踏みながら答えた。

終わりだ……。指輪がないなら、私が今どこにいるかなんてこと、あいつがわかる訳がない。あんなにあの男から離れたいと願ったけれど、こんな結末は望んでなかった。

盛り上がる音楽。

森は目を閉じて、バレエダンサーのように爪先立ちでくるくる回り出す。全身に陶酔感を漂わせて。

変態すぎる。

翠の視界が、涙で歪んだ。

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