ウソ夫婦
森が完全に意識を失ったのを確認すると、颯太はくるっと振り向いて、翠のところへ来た。
お、怒られる……。
翠は首をすくめた。
「怪我はないか?」
颯太は翠を縛り付けていた紐を手早く解くと、先ほど放り投げた颯太のTシャツをかぶらせた。
翠はきつく縛られてしびれたようになっている手首をさすりながら、こくんとうなづく。
颯太は、翠と視線を合わせた。
「もう、心配させるな」
颯太の長い指が、翠の頬にかかる髪を、そっと耳にかける。
不思議な色の瞳。真っ黒な瞳のなかに、うっすらとエメラルドの光。
私、知ってる。この……色。
いつもの冷たい表情の奥に、安堵が確かに見えて、翠は戸惑った。颯太の腕が自然と翠を引き寄せて、胸に抱く。
翠は驚いて、身体が固まった。
ど、どうしたの、いったい。
颯太の素肌を頬が感じると、翠の心がざわついた。
知ってる……かも。この胸の中。腕。肩。全部。
とたんに心拍数が上昇しはじめた。
「ちょ、ちょっと、あの……」
翠は思わず腕で颯太を押しのけようと身体を押した。
思いの外、颯太の身体があっさりと離れた。動揺したまま颯太の顔を見ると、いつもの冷めた表情。
「手、出して」
「て?」
「ほら、指輪」
颯太はデニムのポケットからGPS付きの指輪を出すと、翠の薬指にはめる。
「絶対に外すなよ」
「……うん」
翠は寂しいような、懐かしいような、そんな複雑な気持ちを押し込めて、素直にうなづいた。