ウソ夫婦
キッチンへ来ると、翠の横に立った。すでに出してあった白い皿に、真っ黒なウィンナーを乗せる。それから食パンの袋を手に提げて、ソファへと戻った。
「コーヒー」
颯太が当然のことのようにリクエストする。
「はいはい」
翠はコーヒーを二人分注いで持って行く。内心「『お願いします』ぐらい言えないのか」と悪態をつきながら。
テーブルを挟んで向かいに座ると、翠は再び颯太の顔をじっと見た。コーヒーの香ばしい香りが食卓に広がる。
「……なんだよ」
コーヒーのマグを手に持ちながら、不審そうな顔で翠を見返した。
黒髪の隙間から見える、変わった色の瞳。黒とエメラルドの中間色?
翠は大きくため息をついた。
ぜんっぜん、見覚えない。こんな人、見たことない。なんで、あの時、知ってるかもなんて、思ったんだろう……。
「俺に惚れた?」
颯太は一口コーヒーを飲むと、からかうように言った。
「んなわけ、ないでしょ」
翠はぷいっと横を向く。「私は性格重視で男性を見るんです」
「……俺の顔がいいっていうのは、認めるんだな」
翠は信じられないという顔で颯太を見る。
「……ほんと、呆れちゃう」
翠は思わずつぶやいた。
ふと、アメリカにおいてきた恋人を思い出した。胸にちくっと痛みが走る。日本人の割には背が高く、体格が良かった。高校時代水泳部に所属していたという話で、なるほど肩幅が広く腕が長かった。
そして、死ぬほど、優しかった。笑うとえくぼができて、照れると顔が赤くなる。
翠は、目の前のFBI捜査官に視線を向けた。
この人と、彼と、全然タイプが違う。こっちが今や夫だなんて……なんてひどい。