ウソ夫婦
そこに「ピンポーン」と玄関のチャイムが鳴った。
颯太は素早くマグを置くと、さっと立ち上がり玄関へ向かう。翠は慌ててその後ろを追った。冷房の届かない狭い玄関に、物音を立てず颯太が立つ。そっと覗き穴に目を当てた。
「ピンポーン」
二度目のチャイム。
颯太は扉から離れると、翠のそばへ寄る。耳元で「普通に出ろ」と言った。
翠はうなづくと、颯太の視線を背中に感じながら、扉を開けた。
もあっと、夏の空気が入り込んでくる。蝉の「みーん」という声が耳に触った。
「おはようございますっ」
小柄で可愛い感じの女性が、目をキラキラさせて立っていた。白のキャミソールにピンクのエプロンをつけている。
「朝早くからすみません」
隣に立っていたがっしりとした体格の男性が、きっちりと直角に腰を折った。
「はい?」
まったく知らない二人だ。
「隣の部屋に越してきた、宗谷と言います。今朝は早くから引っ越し作業が入っていまして、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれないんですが……」
男性の方が、律儀な様子でそう言った。
「これ、よろしければどうぞ」
女性が有名和菓子店の箱を差し出した。
「ありがとうございます」
翠は笑顔でそれを受け取った。
「大家さんに伺ったんですけれど、新婚さんなんですよね」
女性が言う。
「……はい」
翠はしぶしぶうなづく。
「うちも、先月結婚したばかりなんですっ。新婚同士、仲良くしてくださいね」
笑顔の可愛い女性は、そう言うと夫の腕に腕を絡めた。
「よろしくお願いします」
颯太が翠の背後で、頭をさげる。
そして、扉が閉められた。