ウソ夫婦

病院のベッドで、真っ白な頭の中でもがき苦しんでいた時、初めて颯太に会った。

『夫役の山崎颯太です。あなたはこれから山崎翠。あなたが妻でいるかぎり、僕が全力で守ります』

まるきり日本人のような姿なのに、言葉はどこかぎこちなかった。今はネイティブと変わらない日本語をしゃべるので、あの時感じたことは気のせいだったのかもしれない。黒い細身のスーツだけれど、ノーネクタイで、なんだかどこかのスパイ映画にでも出てきそうな格好。

『全部、覚えてないんですか?』
『はい』
『何もかも?』
『はい』

短いやり取りの後、病室のパイプ椅子に座った。気がぬけたような顔をして、それから表情が変わった。

『とりあえず、思い出せ、全部』

眉を少し上げて、まるで翠を笑うかのように言い放った。

もっと、優しく接してくれてもいいのに。こちらは被害者で、胸に穴が空いている。仕事も友達も恋人も失うんだから、もうちょっと気を使ってくれてもいいのに。

ちょっとでも、
私に、
笑いかけてくれたら……。

突然、翠のフラッシュが瞬いた。

緑の木々の間を抜ける、太陽のオレンジ色。
横を見上げると……白い肌、透けるような髪色……瞳が、笑いかけて……。

ゴチンッ!

頭を机に打ち付けた。

「いでっ」
うめくような声を出すと、正面に座るのぞみが「だ、大丈夫?」と声をかけた。

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