ウソ夫婦
「ほ?」
じんじんするおでこを撫でながら、緑は間の抜けた返事をした。
「山崎さんでも、居眠りするんだ」
のぞみがおかしそうに口元を隠す。
居眠り。そっか、うとうとしてたんだ。夢みて……。
先ほど夢に出てきた、男性の笑顔を思いだした。
とたんに胸がばくばくしてくる。冷房が効いて冷えた館内で、一人汗をかきだした。
私の知ってる人? あの太陽と緑。日本じゃない気がする。それに、あの人もアジア人じゃない。髪は……そう、多分太陽に透けて見えて、瞳の色だって…海の色。
翠は胸に手を当てた。
誰?
翠は頭の中で、何回も先ほどの映像をリプレイした。けれど、そこから先の映像が続かない。顔もはっきり見えるわけじゃなく、おぼろげで掴もうとするとすぐに消えてしまいそうな危うさ。
もどかしい気持ちで、翠は頭をかきむしりたくなった。
「山崎さん、どうしたの?」
のぞみが心配そうに顔を覗き込んできた。
「なんでもないよ」
翠は慌てて首を振った。
颯太は、あれが誰か、知ってるかしら。夢のこと、言った方がいいのかな……。
翠の中で、消えた記憶が不安に形を変えて、膨らんでくる。
でも、ただの夢だし。実在の人物かもわからない。バカにされるのがオチかもしれない。もうちょっと。そう、もうちょっとはっきりと形になったら……颯太に言ってみよう。
引き出しにしまった携帯が、「ぶぶぶ」と鳴っている。見ると「居眠りなんて、度胸があるな」というメール。
翠は返事をせずに、引き出しに再び携帯をしまった。
ほんと、嫌な男。バカにされるから、夢のことは、当面秘密にしとこ。