ウソ夫婦
「こんばんわ」
草がツユに濡れたような独特な夏の香り。都会でも虫の声がかすかに聞こえて。翠の苛立つ心は癒されて、自然と笑みがこぼれた。
「もう、お食事済んじゃいました?」
あいかわらずノースリーブにエプロンという姿の奥さんが、可愛く首を傾げて訊ねてきた。
「いいえ、今作ってるところ」
「よかった、間に合った! これ、作ったんですけれど、もしよければどうぞ」
奥さんは手に持っていた小鉢を差し出した。
「わあ、おいしそう」
小鉢には、肉じゃがが入っていた。お砂糖でツヤツヤに仕上がっている。
「ありがとうございます」
翠は遠慮なくいただいた。
「旦那様は、肉じゃがお好きかしら」
「はい、もちろん。おいしそうですね」
颯太が外向きの顔で、返事をした。
「おいしいと思います。われながら」
ちょっと照れながら、奥さんは再び首をかしげた。そしてちらっと颯太を見る。
「今日、ご主人は? 家で待っていらっしゃるんじゃない?」
なぜか早く奥さんを家に追い返したくなって、翠は慌てたように言った。
「それが、今日は夜遅くなるって、さっき連絡が」
奥さんは悲しい顔をする。
「一人でお夕飯が寂しくて」
「じゃあ、ご一緒しますか?」
突然後ろから、颯太が話しかけた。
「お邪魔してもいいんですか!?」
奥さんから、華やいだ声が出た。
「あ、でも、おもてなしできるようなメニューじゃないんですけど」
翠は慌ててそう言った。