ウソ夫婦

「奥さんの肉じゃがは、オイシイですね」
颯太は愛想よく言う。

「奥さんだなんてやだ、愛子って呼んでくださいよ」
愛子は頬を赤らめた。「料理は得意なんです。ちょっと甘めに仕上げるのがコツで」

もはや気のせいでもなんでもなく、愛子は徐々に重心を颯太寄りにしている。正方形のテーブルなのに、なぜか翠はお誕生席に座っている気がしてきた。

「このお肉、歯ごたえがありますね」
愛子が無邪気に言う。

「赤身なんで」
翠は抑えきれないイライラが、つい口に出てしまう。

でも……色目を使われたって、どうってことないじゃない。むしろ、私は颯太のことが嫌いなんだから。

「事前にお酒に漬け込んでおくと、柔らかく焼けますよ」
愛子が言う。「それか、塩麹」

「……勉強になります」
翠は引きつりそうになる頬を、懸命に上げて笑顔を見せた。

「俺は、翠の作ったものなら、なんでもいい」
颯太が言った。

翠の目を見て、笑いかける。

「硬くても、焦げてても」
腕が伸びて、真向かいに座る翠の頬を、手の甲でそっと触る。

「俺のためなら、うまいんだ」

手の甲の感触が頬からなくなると、翠は自分が息を止めていたことに気がついた。

身体が熱い。

翠は手で顔を仰いだ。

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