ウソ夫婦

悔しい、悔しい、悔しいぃー!!

翠は歯ぎしりをしながら、結局颯太の分まで朝食を作った。ご希望通り、卵はサニーサイドアップ。言われるがままに、ワイシャツにアイロンをかけ、ランチ用の軽食まで用意した。

私、奥さんじゃないのに。なんで、あの人の面倒を見てるのかしら。

「じゃあ、行くか」
玄関で靴を履いた颯太が、地味ないでたちの翠を見やる。

「メガネかけろよ」

颯太の言われて、慌てて翠はカバンからメガネを出す。度の入っていない、黒縁のメガネをかけた。

「指輪は?」

翠はさっと左手を出して、小さなダイヤモンドのついた結婚指輪を見せる。

「よし、絶対に外すなよ」
「はい」
「不安に思うことがあったら、すぐに連絡しろ」
「はい」
「大丈夫だ、必ず俺が守ってやる」

颯太はそう言って自信ありげに笑うと、アパートの扉を開けた。

真夏の朝。天然サウナのごとく蒸し暑い。

「おはようございまーす」
玄関前を掃いていた管理人のおばちゃんが、颯太を見ると嬉しそうに挨拶してきた。

「おはようございます、掛川さん。いつも、ありがとうございます」
颯太が爽やかな笑顔を見せて、おばちゃんに挨拶を返す。

颯太ファンのおばちゃんは、とにかく嬉しそうに「これが仕事だもの」と言う。心なしか箒捌きが早くなった。

「いつも二人で出勤だなんて、うらやましいわ」
そんなピンク色の声を後にしながら、外階段を降りて、黒い軽自動車に乗り込む。車内は殺人クラスに熱い。

エンジンをかけると、フルパワーで冷房をかける。そして、車をスタートさせた。

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