ウソ夫婦
「ですよね〜」
愛子は取り繕うような笑顔を見せる。
「いやでも、ご主人が羨ましいですよ。愛子さんはお料理上手だ。これからも、うちの翠にいろいろ教えてやってください」
颯太が愛子に笑いかける。
「もちろん」
愛子が笑顔を返した。
どうしてこんなにも、ムカムカするのかわからない。今朝はこんな気持ちにはならなかった。愛子の下心をわかって、それでもニコニコする颯太が本当にいまいましい。
そこへ「ピンポーン」というチャイムが再びなる。
足を崩して片膝を立てている颯太は、いつもと違いぴくりとも動かない。対して愛子は「やば」というような顔をして、首をすくめた。
翠はなんとも解せない気持ちを抱きながら、玄関へと一人向かった。
「はい」
扉を開くと、隣の旦那さんだ。
「こんばんわ。夜分に失礼します」
実直そうな旦那さんは、筋肉質な体をぴしっと曲げて、お辞儀をした。
「こんばんわ」
翠は少しほっとする。これで愛子の変な雰囲気が和らぐだろう。「奥さん、いらしてますよ」
「やっぱり」
旦那さんは軽いため息のような言葉を漏らすと「すみませんでした」と再び頭を深くさげた。
「大丈夫ですって。顔上げてくださいよ」
「いや、うちのやつが、ご迷惑をおかけしたんじゃないかと」
「そんなことないですって。肉じゃがを持ってきてくださったんですよ」
翠の口からは、思ってもない言葉がつらつら出てくる。
「おい、愛子、帰るぞ」
旦那さんは、大きな声でリビングへ呼びかけた。