ウソ夫婦

嵐の後の、静寂。

翠はいつのまにか力の入っていた肩を、ため息とともに緩めた。イライラしすぎて、眉間が痛い。思わず人差し指で眉間を伸ばす。

「ほらな」

翠が振り向くと、廊下の壁にもたれて、腕を組む颯太がいる。

「……うさんくさいだろ?」
「……そう……かな?」
翠は悔しくて、同意する気になれない。

颯太がにやりと笑う。

かちんときた。

翠は颯太の横をすり抜けると、ずんずんとリビングへと戻っていく。

空調の効いた部屋。白熱灯の白い光。テーブルの上には、大雑把な翠の皿と、肉じゃがの小鉢。肉じゃがはいつのまにか、半分以上なくなっている。

翠は反射的にその小鉢を手に取ると、シンクの中へと放り込んで水を流した。

腹が立つ。

水が大きな音を立てて、小鉢に注がれるの見続けていると、傍から手が伸びて蛇口を止めた。

「……嫉妬?」
颯太が、翠の顔を覗き込む。すぐ近くに彼の瞳が近づいて、翠は慌てて身を引いた。

「まさか」
翠は颯太と十分な距離をとりつつ、余裕の表情を浮かべようとした。

「あなたは、本当は夫じゃないんだから」

「じゃあ、なんで、そんなに」
一度は逃げた翠を追い詰めるように、颯太の顔が再び翠を覗き込む。

ふわりと、颯太の黒髪から、シャンプーの香り。

翠の脳裏に、脱衣所での颯太の姿が蘇った。

「怒った顔、してるんだ?」

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