ウソ夫婦
「してないっ」
思わず、大きな声で抗議した。自分で顔が真っ赤になっているのがわかる。それがもう、悔しくて悔しくて仕方がない。
こんなやつ、嘘っぱちの夫なのにっ。
「してるよ」
「してないってば」
「嘘じゃないよ?」
颯太は余裕の表情で、今や顔から火が出ている翠をからかった。
悔しいっ。
「嘘! いつも意地悪ばっかり言って!」
翠がそう言った瞬間、颯太の手が翠の二の腕を掴んだ。
「……なんで、俺がお前をいじめたくなるかわかってる?」
颯太の低くて少し枯れた声が、耳のすぐそばで鳴る。
翠は思わず、息を飲んだ。しびれるような感覚が、背中を走る。翠はもう一つの手で、よろめかないように必死にシンクを掴んだ。
「そっ、そんなこと……」
翠はパニックで、颯太の言うことがよくわからない。とにかく身体が熱いし、頭もクラクラするから、颯太を遠ざけたい。
「あなたが変態だからでしょっ」
翠は目をぎゅっとつむり、怒鳴った。
「……変態?」
颯太の手が緩む。翠はそのすきに、颯太の支配下から逃げ出した。
「そうよ、変態だもん。私、知ってるもん。下、丸刈りなんだから!」
そう叫んでから、翠は目を開けた。視界には、ぽかんとした颯太の顔。
「丸刈り?」
「そうよっ。アンダー、剃ってるでしょ。知ってるんだから。なんのメリットがあるかしらないけど、そんなところ剃るなんて、男のくせにおかしいわ」
颯太は困ったような顔をして「何を根拠に、そんな馬鹿なこと……」と呟く。
「見たもん。バスルームのガラス越しに、あなたの姿。頭だけ真っ黒で、下は黒くなかった。剃っちゃったのよっ」