ウソ夫婦
でも終わらせるには、思い出さなくちゃいけない。
思い出して、犯人を捕まえないと。
真っ白な中に浮かんだ、見知らぬ男性の笑顔。彼は実在の人物なのか、それとも自分が作り出した幻想なのか。
「わかんないなあ」
翠はぼそっとつぶやいた。
「あ、お隣さん」
いきなり横から声が聞こえて、翠ははっと我に返った。
カウンターを見ると、お隣のご主人が本を抱えて立っている。
「宗谷さん」
翠は席を立って、カウンターに近づいた。
絶対にガン見しているであろう颯太を気遣い、近づきすぎない。
「今日はお仕事お休みですか?」
素敵な営業スマイルを浮かべて、宗谷に話しかける。
「土曜日なんで」
「あ、そっか」
翠は舌を出した。「今日が何曜日かとか、すぐ忘れちゃうんですよね」
「僕は、週末の休みが待ち遠しいので、絶対に忘れません」
Tシャツにデニムという気軽な格好の宗谷は、笑いながら言った。
その笑顔が、案外に可愛い。筋肉質で強面と言ってもいい宗谷の笑顔に、翠は少々驚いた。
「本、借りられますか?」
「はい、いいですか?」
宗谷がカウンターに本を置く。
「カードは持ってませんよね? 作りましょうか」
「お願いします」
翠は登録用紙とボールペンを差し出した。それから本の後ろについている貸し出しカードを取り出した。