ウソ夫婦
図書館勤めが終わり、コンクリートから立ち上る熱気を泳ぎながら、軽自動車へと向かう。遠目から、運転席に座る颯太が見えた。
昨日の恥さらし以来、目を合わせづらい。いっつもアンダーのことを考えてる変態女だと思われたんじゃなかろうかと心配だ。別にどう思われても、本当の夫じゃないし、事件が解決すれば離れる間柄なんだから、気にする必要はないんだけど。
でも、目が見られない。
扉を開けて、冷房のきいた助手席にドシンと座る。颯太はちらりと翠を見て、それからアクセルを踏んだ。
「宗谷っていう、隣のやつ、来たな」
エンジンの振動に揺られながら、颯太が言った。
「俺の言った通り、胡散臭かっただろう?」
「……ちょっと変な夫婦だった」
翠は負けを認めた。確かに、胡散臭い。
「これからどうやって付き合えばいいかな?」
翠は尋ねた。
「付き合わなきゃいいんだ」
颯太が事も無げに言う。
「だって、お隣さんだもの。毎日顔をあわせるし、無視はできないじゃない?」
翠が言うと、颯太は目を細めて、不機嫌そうな顔になる。
「なんでそう、誰彼構わず媚を売ろうと思うんだ?」
「媚って……そんなんじゃないもの。最低限の社交的な……」
翠が反論しようとしたら、「ばかじゃねーか」と被せてきた。
「お前がなんで、あそこにいるのかを考えろ。誰かに好かれる必要はない」
「……だって」
今度は翠が不機嫌になる。
信号が赤に変わって、車が止まる。やっと空がオレンジ色になってきた。西日に顔を照らされた颯太が、眩しそうに眉をしかめる。
「だいたい、俺が他の女にちょっかいだされて、お前は平気なわけ?」