ウソ夫婦
坂の多い住宅街を抜けて、大通りへと入る。
「管理人さん、騙されてる」
爽やかな笑顔の余韻が残る颯太の横顔を見ながら、皮肉交じりにそう呟いた。
「怪しまれて、通報でもされたら困るからな」
狭い運転スペースの中に、長い足を窮屈そうに折り曲げて、颯太は運転を続ける。彼の身体にこの車は合っていない。本当はBMWとか、ベンツとか、そんな高級そうでどっしりとした車を運転していそうなのに。
「どうして、あなたが私の夫役なんです?」
翠は思わずそう尋ねた。
「何? 不満なわけ?」
「いえ……そんなことは」
翠はそう言いながらも、心の中では『不満じゃ』と呟く。
「だって、あの小さなアパートに不釣り合い……」
「局内で、俺だけが日本語が堪能で、日本人に見えなくもなかったから」
「アジア人のひと、他にいなかったんですか?」
「チャイニーズはいたけど、日本語を話せない」
「……颯太さん、日本の血は入ってないんですか?」
「入ってるよ、クオーター。って、くだらない質問ばっかりするなよ。交代要員はいないんだ、諦めろ」
颯太は不機嫌そうに、眉をしかめる。
そんな、常識はずれの質問もしてないのに。すぐに不機嫌になる。まったく、彼の心のどこに地雷があるのか、わかんない。
翠は颯太に気付かれないように、そっとため息をついた。