ウソ夫婦

ん? それ関係あるの?

翠は、心の中でつっこんだ。

「だって、そりゃ……」
翠は困って、言い淀む。

「なんだ、いいのか?」
何を思ったか、徐々に一人で怒り始めている。

「私たち、本当の夫婦じゃないもん」
翠は言った。

信号が青に変わる。颯太は車をスタートさせたが、先ほどよりスピードを出している。

一般道でこんな速度、大丈夫なの?

「ま、そうだよな」
ハンドルを切りながら、颯太が言う。

「俺たちは、夫婦じゃない」

それから颯太は、むすっとした顔で車を運転し続けた。翠は隣で、いろんな意味でハラハラし通しだ。スピードはアップしてるし、颯太の機嫌は最悪だし、とにかく生きた心地がしない。

アパートの駐車場へと車を入れる。その入れ方も、正確だけど、めちゃ乱暴。

『本当の夫婦じゃない』って、本当のことを言っただけなのに、なんでこんなに怒ってるの?

車が停車すると、翠は扉を押して外に出る。外の方が暑いけれど、車内よりもよっぽど居心地がいい。

颯太はバンッと扉を閉めると、ピッと鍵を閉めるとぽけとにキーをしまう。白いシャツにスラックスという、夏の会社員のような格好。階段を上る姿を目で追う。

翠が階段の下で立ち尽くしていると、階段途中で一度颯太が振り返った。

「早く来いよ」

髪の毛が、沈んでゆく太陽の色に染まって、まるで……透けて……。

夢の中のあの男性が、翠の頭に瞬いた。

「山崎さ〜ん」
突然、階段の上から声がかかって、翠は我にかえった。

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