ウソ夫婦
見上げると、宗谷が外廊下から手を振っている。翠は頭を軽く下げた。
「おかえりなさい。おつかれさまです」
宗谷は翠と颯太を交互に見ながら、愛想よく挨拶をする。
ついさっき、お隣夫婦とどういう距離をとっていくか考え始めたばかりで、まだ答えは出ていない。颯太を見上げると、外向きの顔になっている。
「先日は、うちの愛子がお世話になりました」
宗谷がいうと、「とんでもありません。たのしかったです」と颯太が答えた。
翠はこの場から逃れたくて、早く部屋に入りたい。カバンから鍵を取りだし、扉を開けようとした。
「今日は、先日のお礼に……ぜひうちで夕食をご一緒したいと思いまして」
宗谷が言った。
夕食をご一緒? さっき、『愛子が近づいたら断れ』とかなんとか、言ってなかった?
翠はびっくりして、目を丸くした。
「これから、何かご予定はありますか?」
宗谷は颯太に尋ねた。
断るよね、もちろん。
「ありません」
颯太が即答。
翠は心の中で、またまた「おいっ」とつっこんだ。
おまえもさっき、『隣と付き合うな』とかなんとか、言ってただろーに。
「うれしいお誘いですね。これからお邪魔してもいいですか?」
颯太は魅力的な笑顔で言った。
翠は唖然とする。
どうして、言うことと、やることが違うの?
「もちろんですよ〜。どうぞどうぞ」
宗谷は嬉しそうに、部屋の扉を開けた。