ウソ夫婦
再び車は、大通りから逸れて住宅街へと入っていく。歩道を黄色い帽子をかぶった小学生たちが、わいわいと歩いているのが見えた。区立の小学校の並びに、その図書館はあった。
颯太は古びたコンクリート剥きだしの、区立図書館の玄関の前に車を止める。小学校のグラウンドからはみ出すように、緑の葉をたくさんつけた大きな桜の木が、図書館の敷地に影を作っていた。
翠は車の扉を開けて、呼吸するのも苦しい蒸し暑い外へと足を踏み出す。
「笑え」
颯太が嘘の笑顔を浮かべながら、眼光するどく威圧してきた。
翠は少々引きつりながらも、笑みを浮かべてみる。
「新婚だろ。幸せそうに笑えよ」
言葉とは裏腹の、まるで甘いセリフを口にしているかのような、いとしげな表情を翠に向けてくる。
翠は精一杯幸せそうな表情を作ってみせると「いってきます」と声に出した。
「気をつけて」
颯太は新妻に笑顔で手を振る。翠は口には出せない腹立たしさを込めて、バタンッと扉を乱暴に閉めた。
後ろからの射るような視線を感じながら、翠はコンクリートの階段を駆け上がる。それから両開きのガラス戸を開けて、図書館へと入った。
図書館は静かで涼しい。開館前ともなると、さらに一層静寂だ。
「おはようございます」
カウンターの後ろで作業をしていた、同僚の金子のぞみに挨拶をする。
「おはよう」
のぞみは、まんまるの顔全部に、とびきりの笑顔を浮かべた。
翠はカウンターに入ると、自分のデスクにカバンを置く。のぞみは「ねー、まだこっち見てるよっ」と浮かれた声を出した。のぞみをちらっと見ると、ガラス戸越しに颯太に手を振っている。可愛く小首を傾げて、今にも片足がぴょんと上がりそうな勢いだ。