ウソ夫婦

冷えた図書館に足を踏み入れると、のぞみが「あれ〜、今日、颯太さんは?」とがっかりしたような声をだした。

「ああ、今日はちょっと」
颯太がいない理由を考えておかなかった翠は、口ごもった。

カウンター脇のスイング扉を抜けて、自分の席へバッグを置く。手でぱたぱたと顔を仰ぎながら、キャスター付きの椅子に腰掛けた。

「あの女の人、どこの人?」
のぞみが興味津々という顔で尋ねてくる。

「どこのって?」
「国よ、国」
「ああ、アメリカ」
翠はそう言ってから、ジェニファーとの関係をどう言ったらいいか、猛スピードで考え始めた。

「誰なの?」
「えっとね、うん、あの、主人の友達」
翠はそう答えて、動揺を隠すようににっこりと笑った。

「えー、颯太さん、あんなゴージャス美女と友達なの?」
「うん、そう」
「まるで、チャーリーズエンジェルみたいじゃない?」
のぞみが言うので、翠は「そうでしょ!」と思わず声を大きくした。

「やっぱり、雰囲気も似てるよね? セクシーで」
翠は同意を得られた喜びで、ニコニコと話しかけた。

のぞみは「うん……」と呟いてから、翠の顔をまじまじと見る。

「どうしたの?」
頬が上がったままの翠は尋ねた。

「うん、なんだか印象が違うなって思って」
「……チャーリンズエンジェル?」
「ちがうちがう、山崎さんのよ。いつも、ピリッとした感じだけど、今はそうね……ちょっとバカっぽい?」

「ばか……」
翠は思わず口を閉じた。

「ああ、ゴメンゴメン」
のぞみが慌てて、手を振った。

「ちがうの、そういうんじゃなくて……」
のぞみは少し考える。

「親しみやすいってこと。いい方向の話よ」

のぞみが言うと、翠は静かに姿勢をととのえ、メガネを直した。

「ありがとう」
翠はそう言って、優しく微笑み返した。

本当は「ばか」って思ったんでしょ。

心の中では、そう思いながら。
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