ウソ夫婦
夏の陽気。蒸し暑さに肌がじとじとする。坂道を下り、一番近くのコンビニを目指す。緑の看板が目印の店。
「いらっしゃいませ」
自動扉が開き、店員が声をかける。翠はひやっとする空気にほっとして、店内に入った。一度、道路を振り向く。
軽自動車はついてきていない。
翠はそのままお弁当コーナーへと入っていった。
一週間の休暇? なにそれ。なにしてんの? 旅行でも行ってるのかな。
翠は心ここにあらずで、おにぎりを二つ手に取った。
休暇……そうか、私と一緒にいるのは、仕事だものね。そりゃそうだ。たまには休みたいだろう。わかるよ。わかるんだけど。
サラダコーナーに手をのばしかけて、引っ込める。そのかわり野菜ジュースを手に取った。
「あ……れ?」
右から声が聞こえて、翠はついそちらに目をやる。
「あ……」
翠の口からも、小さく声が漏れた。
「……久しぶり」
背の高い男性が言った。
「うん……久しぶり」
翠は心臓が止まりそうになった。
黒髪にがっしりとした肩幅。人の良さそうな目に、優しい微笑み。なにも変わらない。あの頃と、まったく一緒。
「久しぶり、ヒロト」
翠は言った。