ウソ夫婦
「……こっちに帰ってきてたんだ。知らなかったな」
大翔はそう言うと、少し寂しげな顔をした。
「…うん……そう、なの。ごめんね」
翠はそう言ってうつむく。
「なんで謝るんだよ。別に気にしないよ」
大翔はそう言いながら、翠と同じジュースをカゴに入れた。
「俺もこっちに帰って来たんだ」
「そうなんだ……このあたりに住んでるの?」
翠はちょっと動揺しながら尋ねた。
「すぐ近くだけれど……君は?」
「職場が近くなの」
翠が言うと、大翔はほっとした表情を浮かべる。
寂しくなった。
「ああ、じゃあ、昼休みか」
大翔は気持ちを切り替えるように、明るく言った。
「うん」
「このあたりに製薬会社あった?」
大翔は考えるように首をかしげる。
「ううん、図書館で働いてる」
「図書館?」
大翔が驚いた声をあげた。
「君の専攻とぜんぜん違うじゃないか」
「いろいろあって」
「……そっか」
大翔は事件のことを知らないのだろうか。
「じゃあ……いくね」
翠は気まずい雰囲気に耐え切れず、大翔から二三歩退く。
「うん、じゃあ」
大翔も引き止めるわけでもなく、優しい笑みを浮かべて翠を見送った。
そのまま店内で別れる。翠は急いで会計を済ませ、コンビニの外に飛び出した。
偶然の不思議。心臓が不規則に動いている気がする。
翠はふらふらと歩き出した。
大翔。ちゃんとさよならを言えなかった元彼。
いや、別れたつもりはなかったのだから、自分の中では特別大切な人のまま。
翠は目をこする。
あの人、私を一度も名前で呼ばなかった。
翠はじりじりとした日差しの中、静かに泣き出した。