ウソ夫婦
薄暗い店内に、ほのかに香るハーブの香り。一番奥のテーブル席に二人は向かい合って座った。
「あの頃は金もなかったし、いっつもハンバーガーかタコスか」
「そうそう」
「路上のホットドッグもよく食べた。君はシナモンロールが好きで」
「あの激甘がたまらないのよ」
「俺はとても食えたもんんじゃなかった」
ワインが注がれ、コース料理が運ばれてくる。
テーブルの真ん中には、小さなキャンドルが光の輪を作る。大翔の頬にも影ができて、まるで別人に見える瞬間もあった。
アメリカの仕事のこと。あとは……失われた時間のこと。そんな話題が出たら、『疑いあり』。
翠は注意深く言葉を選ぶ。頭のブランクを探られるような、そんな言葉がでてこないように。慎重に話題を誘導する。
彼が『クロ』だなんてありえない。『疑いあり』ってだけで、拘束されるなんて、絶対にさせられない。
「あれから……どうしてた?」
大翔が言った。
翠の胸がどきんと痛くなる。
このまま話を続けてはいけない。話題をそらさなくちゃ。
「私のことはいいよ。それよりも大翔は? どうしてた?」
翠は誤魔化すようにワインを一口飲む。
「俺? 俺は……しばらく向こうで働いて」
大翔はそういうと、背筋を伸ばした。
「その時あったんだ。今の奥さんに」
翠は驚いて目を丸くする。
「奥さん?」
「そう。俺、結婚したんだ」