ウソ夫婦

「あ……」
翠は口を開ける。

薄いブルーのジャケットに、白いTシャツ。黒髪と不思議な色の瞳。
その目が、冷たく光っている。

「迎えに来たよ」
颯太はテーブルの脇に立つと、一見優しい眼差しを翠に注ぐ。

「……ご主人?」
大翔が驚いた顔をして、翠に尋ねる。

「……そうなの。迎えに来てって、お願いしてたんだ」
翠は戸惑いながらも、そう繕った。

「そうか。いい時間だもんな」
大翔は腕時計を見て、そう言った。

「俺もこれから、奥さんの会社まで迎えに行くことになってるんだ」
それから颯太に向かって「すみません、奥さんを食事に誘って。昔の友達なので、懐かしくて」

「いえ、いいですよ。柴田さんの話は、妻からも聞いていますから」
颯太は翠のむき出しの肩に手を置いた。

「じゃあ、行こうか」
颯太は翠の分の支払いを済ませると、翠を立ち上がらせた。

待って。
もっと大翔から聞きたいの。
別れを言い出したときの、私のことを。

翠は必死に目で訴えたが、颯太は気付かぬふりをする。

「いい、旦那さんだな」
別れ際、大翔が言った。「幸せにな」

「……うん。あなたも」
翠はそう言って、レストランを後にした。

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