ウソ夫婦
「車に乗れ」
颯太は怒りを溜めたまま、翠に言う。
「でも」
「早く乗れ」
颯太は運転席に回り、席に座る。エンジンがかかり、車のフロントライトが光った。
翠が諦めて助手席に座ると、車はすぐにスタートした。
高いビルに囲まれた道路を走る。華やかなネオンとポツポツとあかりの灯るオフィスビル。
休みを切り上げて帰ってきた颯太の横顔を見る。街の明かりが頬に移り、それが前から後ろへと飛んでいく。
「帰ってこなくてもいいのに」
心とは裏腹に、そんな言葉が口を出た。「せっかくのお休みだったのに」
颯太はちらりと翠を見ると「お前がまた変態を呼び寄せたのかと思って」と言った。
「なっ……大翔は変態なんかじゃありません」
「どうだか。変態ばっかりに好かれるからな」
「そんなこと、ないもの。この間は、自分が好かれてたじゃない」
「あれは、お前が呼び寄せたんだ」
「そんな馬鹿な」
いつものような軽口。翠はやっと緊張が取れてきた。
自分のために休暇を切り上げて帰ってきてくれたことを、嬉しく思っている自分がいる。
でも……。