ウソ夫婦
「ああ、眠れない」
その夜、翠はベッドの中で、身もだえていた。
いろいろありすぎた一日だった。そのことを考えると目が冴えてきて、とても眠れない。明日は図書館に行く日だし、少しでも眠らなくちゃいけないのに。
カーテンの隙間から、東京の真っ暗な空が見えた。部屋は少しの月明かりで、ぼんやりと青く光っている。
殺風景な部屋。すべてが一時的で、自分のために自分が買ったものがない。頭のブランクと同様に、今の暮らしも中身がなく、スカスカなような気がした。
颯太が結婚していなくとも、ここの生活が仕事であることには変わりない。
私は?
私の本当の暮らしはどこにあるの?
大翔の言っていた『私の大切な人』って、誰なんだろう。あの人かな。夢の中に出てきた、あの人。
笑顔が素敵で、優しくて。一緒にいると心が安らいで、幸せで。
次第にうつらうつらとしてくる。
金髪に近い、ブラウンの髪。
コバルトブルーの瞳。
笑って、私を呼んで、抱きしめて……。
『Would you marry me?(結婚してくれる?)』
翠ははっと目を覚ました。本当に聞こえたように感じる。胸がドキドキしていた。
結婚してくれる?って言った?
タオルケットを握りしめて、翠がもう一度夢を反芻しようとしたとき、部屋の扉が開く音がした。