妖の王子さま
ドタバタと階段を駆け下りてくる音が牢の中に響く。
蒼子には、それが絶望が近づいてくる音に聞こえた。
「多々良!大変だっ!白玖さまがっ!」
現れたのは黒髪の小さな子ども。
異様なのはその頭に黒い毛並みの獣の耳と、同じ黒い毛並みの獣の尻尾が生えている。
それが、今までの多々良の話が現実だと示しているようで、蒼子は眩暈を覚えた。
「志多良(したら)、落ち着いて話しなさい」
「白玖さまが、大けがを負って帰ってきた!」
志多良と呼ばれたその子どもは、汗をかき慌てた様子でそう叫んだ。
その言葉を聞いた多々良は険しい顔をして唇を固く結んだ。
そのまますっと歩き出す。
牢の扉に手をかけたところで立ち止まる。
「ついてきてください。あなたの仕事です」
「え・・・」
考える猶予もなくやってきた初めての任に、背筋が凍る思い。
どうにか断れないかと思案しても、うまく切り抜ける方法など思いつきはしなかった。