そして奏でる恋の歌~音楽家と騎士のお話~
「とにかくだ。」
嘘がつけない性格なのかイザークは盛大に眉間にしわを寄せて自分の中の語彙を引っ張り出す。取り繕う言葉が見いだせないまま発した答えに結局は笑われてしまうのだ。
「浴場は確かに注意した方がいいかもしれない。私の方が早く上がるだろうから近くで待機しておこう。」
「待っててくれるの?」
「だからと言って焦って上がらなくてもいい。」
「でも。」
「足を痛めているだろう?ゆっくりと浸かって疲れを落としてきてくれ。私も不審なものがいないか十分に観察して本部に報告する必要がある。」
最初に注意という言葉を使ったということは、街で男に追われたような危険のことを含んでいるのだろうとシャディアは理解した。任務のような感覚でいるのかイザークはさっきまでとは違って受け答えがはっきりしている。これが普段の仕事している時の顔なのだろう。
さっきまでと少し雰囲気が変わってシャディアは何故か少し寂しい気持ちになった。
「ありがとう、イザークさん。じゃあ、もう少し砕けた話し方にしてくれない?」
「…何故そうなる。」
「だって硬すぎる。」
「だからこれは…。」
「年上の体格いい人から堅苦しい言葉を使われている女の人、これって結構目立つと思いません?」
シャディアの言葉にイザークの思考が停止した。
「私の身に起こる危険を警戒してくれているのなら、変に目立たない方が得策じゃないかなと。ね?」
言葉もなくシャディアを見つめていたかと思うと、イザークの表情が面白いように変わっていく。これは間違いなく自分の中の葛藤と戦っている表情だった。折れたくないが折れなくてはいけない、天を仰いでは項垂れて首を捻ってはまた仰いで、感情の移り変わりが目に見えて実におもしろい。
それは少しずつ浴場に歩いていく間ずっと繰り返されていた。イザークを振り回して楽しむなんて自分も随分と意地悪になったものだとシャディアは可笑しくなる。
「イザークさん。じゃあここで待ち合わせね。」
「あ、ああ…。」
「ちょっとお待たせするかも。」
「気にせずゆっくりしてくるとい…。」
そこまで口から出るとシャディアの何か言いたげな視線に気づいて言い淀んだ。
「ゆっくり…どうぞ。」
適度な崩しどころが見つからなかったらしく、イザークの台詞は腰が引けた今の体勢の様になんとも頼りないものになってしまった。
「…ふふっ。はーい。」
堪えきれず笑ってしまったことを咎められる前にとシャディアは女性側の浴場へと入っていく。そこに残されたのは芯まで身体が冷えつつある無残な男の姿だ。
「…疲れた。」
年下の女性にいいように振り回されて一体自分は何をしているのだろう。せめてもの救いは上役たちがこの場にいない事だと、今日何度目かの慰めにため息が落ちた。足元に浸みこむような悲しい声を漏らしてイザークも浴場へと入っていった。
しかしそこは騎士としてここまで努めてきた誇りがある。イザークは浴場にいる間も外でも変わらずに不審な人物がいないのか注意を怠らなかった。行き交う人々の会話、関係性、動き、全てに目を光らせても特別変わったことは無い。
それでいうと、シャディアと出会ったあの街でもあの男以外は特に変わったことは無かったのだ。
「…俺の目をすり抜けているのか…。」
あそこまでの異常さを見せるのは余程の事がない限り滅多にない。むしろ騒ぎを起こすのは一般市民の方が多いとイザークは知っていた。
「…二度襲われた…これは偶然か?それとも奴らの狙いに彼女が当て嵌まっている?」
心の中で呟いた言葉が声になるかならないかの音で口からこぼれた。イザーク自身、上役や同僚からの評価をそのまま受け取ればなかなかの感覚を持っている筈だ。不審な動きをするものがあれば間違いなく気が付ける。
その信頼もあって帰省ついでに街の様子を見て来いと上役から任務を貰っていた。
「イザークさん!」
手にしていた本を適当にめくるふりをしながら周りを観察していたイザークの元へシャディアが歩いてくる。その様子から彼女の足の状態は酷いものではなかったのだと感じられてイザークは密かに安堵した。
まだ回復には時間がかかるだろうが、長旅で悪化した様子も無い。それは実に喜ばしい事だった。
「お待たせしました。」
「いや。」
「どうでした?綺麗なお姉さんたちから声をかけられたりした?」
「…いや。」
まだそのネタを引っ張ってくるのか、そういう思いで苦笑いを浮かべたイザークにシャディアは悪戯が成功した子供の様に笑う。時間が経つにつれてシャディアはどんどん見せる表情を増やしていった。まるで近所の子供に懐かれるような気分だとイザークは肩を竦める。
「お腹が空いたー!ご飯に行きましょう!!」
「まずは荷物を戻してからだな。」
「もちろん!」
無邪気に笑うシャディアはきっと警戒心を手放しているだろう。イザークはそう考え静かに神経を研ぎ澄ませた。自分の中から消えない違和感を信じて何も無いように演じ続けることにした。
嘘がつけない性格なのかイザークは盛大に眉間にしわを寄せて自分の中の語彙を引っ張り出す。取り繕う言葉が見いだせないまま発した答えに結局は笑われてしまうのだ。
「浴場は確かに注意した方がいいかもしれない。私の方が早く上がるだろうから近くで待機しておこう。」
「待っててくれるの?」
「だからと言って焦って上がらなくてもいい。」
「でも。」
「足を痛めているだろう?ゆっくりと浸かって疲れを落としてきてくれ。私も不審なものがいないか十分に観察して本部に報告する必要がある。」
最初に注意という言葉を使ったということは、街で男に追われたような危険のことを含んでいるのだろうとシャディアは理解した。任務のような感覚でいるのかイザークはさっきまでとは違って受け答えがはっきりしている。これが普段の仕事している時の顔なのだろう。
さっきまでと少し雰囲気が変わってシャディアは何故か少し寂しい気持ちになった。
「ありがとう、イザークさん。じゃあ、もう少し砕けた話し方にしてくれない?」
「…何故そうなる。」
「だって硬すぎる。」
「だからこれは…。」
「年上の体格いい人から堅苦しい言葉を使われている女の人、これって結構目立つと思いません?」
シャディアの言葉にイザークの思考が停止した。
「私の身に起こる危険を警戒してくれているのなら、変に目立たない方が得策じゃないかなと。ね?」
言葉もなくシャディアを見つめていたかと思うと、イザークの表情が面白いように変わっていく。これは間違いなく自分の中の葛藤と戦っている表情だった。折れたくないが折れなくてはいけない、天を仰いでは項垂れて首を捻ってはまた仰いで、感情の移り変わりが目に見えて実におもしろい。
それは少しずつ浴場に歩いていく間ずっと繰り返されていた。イザークを振り回して楽しむなんて自分も随分と意地悪になったものだとシャディアは可笑しくなる。
「イザークさん。じゃあここで待ち合わせね。」
「あ、ああ…。」
「ちょっとお待たせするかも。」
「気にせずゆっくりしてくるとい…。」
そこまで口から出るとシャディアの何か言いたげな視線に気づいて言い淀んだ。
「ゆっくり…どうぞ。」
適度な崩しどころが見つからなかったらしく、イザークの台詞は腰が引けた今の体勢の様になんとも頼りないものになってしまった。
「…ふふっ。はーい。」
堪えきれず笑ってしまったことを咎められる前にとシャディアは女性側の浴場へと入っていく。そこに残されたのは芯まで身体が冷えつつある無残な男の姿だ。
「…疲れた。」
年下の女性にいいように振り回されて一体自分は何をしているのだろう。せめてもの救いは上役たちがこの場にいない事だと、今日何度目かの慰めにため息が落ちた。足元に浸みこむような悲しい声を漏らしてイザークも浴場へと入っていった。
しかしそこは騎士としてここまで努めてきた誇りがある。イザークは浴場にいる間も外でも変わらずに不審な人物がいないのか注意を怠らなかった。行き交う人々の会話、関係性、動き、全てに目を光らせても特別変わったことは無い。
それでいうと、シャディアと出会ったあの街でもあの男以外は特に変わったことは無かったのだ。
「…俺の目をすり抜けているのか…。」
あそこまでの異常さを見せるのは余程の事がない限り滅多にない。むしろ騒ぎを起こすのは一般市民の方が多いとイザークは知っていた。
「…二度襲われた…これは偶然か?それとも奴らの狙いに彼女が当て嵌まっている?」
心の中で呟いた言葉が声になるかならないかの音で口からこぼれた。イザーク自身、上役や同僚からの評価をそのまま受け取ればなかなかの感覚を持っている筈だ。不審な動きをするものがあれば間違いなく気が付ける。
その信頼もあって帰省ついでに街の様子を見て来いと上役から任務を貰っていた。
「イザークさん!」
手にしていた本を適当にめくるふりをしながら周りを観察していたイザークの元へシャディアが歩いてくる。その様子から彼女の足の状態は酷いものではなかったのだと感じられてイザークは密かに安堵した。
まだ回復には時間がかかるだろうが、長旅で悪化した様子も無い。それは実に喜ばしい事だった。
「お待たせしました。」
「いや。」
「どうでした?綺麗なお姉さんたちから声をかけられたりした?」
「…いや。」
まだそのネタを引っ張ってくるのか、そういう思いで苦笑いを浮かべたイザークにシャディアは悪戯が成功した子供の様に笑う。時間が経つにつれてシャディアはどんどん見せる表情を増やしていった。まるで近所の子供に懐かれるような気分だとイザークは肩を竦める。
「お腹が空いたー!ご飯に行きましょう!!」
「まずは荷物を戻してからだな。」
「もちろん!」
無邪気に笑うシャディアはきっと警戒心を手放しているだろう。イザークはそう考え静かに神経を研ぎ澄ませた。自分の中から消えない違和感を信じて何も無いように演じ続けることにした。