Verbal Promise(口約束)~プロポーズは突然に~
「永瀬が突然結婚しようなんて言いだした理由はなんとなく分かったけど、からかってんならやめて? あんな口約束本気にするわけ……」
「ないよなぁ。そうだよなぁ」
「……おい」

 やっぱり、本気になどしていなかった。

「でも俺は、あの日自分の中にタイムリミットを課したんだ」
「は?」
「あと5年って。そして5年の間にいい女を見つけられなかったらおまえでいいや、川島と結婚しようって!」
「意味が分からん!」

 かっと頭に血がのぼるのを感じて声を張り上げる。
 おまえでいいや? 妥協!? しかも一方的に。なんて身勝手で失礼な……!
 すぐに注文したドリンクが届く。笑顔の店員の顔を見て冷静にならなければといつも通り軽くグラスをぶつけて「おつかれ」と言い合う。落ち着こう、いくら騒がしい店内だと言ってもここは公共の場だ。

「俺の出身地知ってるよな?」
「あぁ……たしか、東北のド田舎だったっけ」

 大学からこっちに出てきているらしい永瀬からは、就職して出会った時には田舎出身だという雰囲気はほぼなく、まったく感じられず、最初にそう聞いたときは少し驚いたのを覚えている。

「俺の実家旅館なんだよ」
「旅館って……温泉?」
「そう。向こうでは結構有名な旅館なんだぜ? そこのさ、俺は跡取りなんだ」
「初耳……」
「おう、初めて話した」

 永瀬が自分が注文したビールをごくりと飲んで喉仏が上下に動く様子をじっと見つめていたら、なぜかつられて自分も息を飲み込んだ。

「高校まではあっちで過ごして、親としては高校卒業してすぐに跡を継いで欲しかったんだ。でも俺はまだ十代だったし、遊びたかったし、田舎の暮らしに飽きて都会に行ってみたいなぁって思いもあったから大学受験をすることを決めた」
「え……でも親は」
「もちろん大反対だよ。しぶしぶ大学進学は許してもらえたけど、就職活動がはじまるってなったとき、こっちでの生活が楽しくてさ。もう二度とあんな田舎に帰りたくないって思ってこっちで就職もしようって思ったんだけどやっぱり今度は許してもらえなくて。かなり揉めて、結局最終的には親が折れることになった。ある、条件付きで」
「条件……って、まさか」
「30歳までに、嫁連れて帰って来いって」

 言葉を失った。でも頭の中は冷静だった。
 30歳になってお互いフリーだったら結婚しようと言った意図、そして互いに30歳を目前にした今、突然のプロポーズ。今年中、つまり30歳になるまでに私を嫁にすると言った永瀬の言葉。すべての謎がつながって疑問が一気に解消された、そんな気分だ……。

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