Verbal Promise(口約束)~プロポーズは突然に~


 部屋も落ち着いた意匠の純和風。しかも部屋の奥のバルコニー付きの開放的空間には露天風呂付き。木のぬくもりに囲まれた造りの中で目の前に広がる大自然、丸い湯船には温泉がなみなみと注がれている。そこから眺める景色は豊かな自然が目の前に広がって心身が癒される。雑誌やテレビで見て一度は行ってみたいと思っていた素敵な客室だった。
 思ったよりも長い時間外を出歩いていたようで、チェックインをしたのは夕方。夕食を前に別々に部屋の露天風呂ではなくゆっくりと大きな温泉に入りに行く。親子や若い女性、年配の女性、宿泊している人は様々だ。観察はほどほどにして、私は自然に包まれた露天風呂にどっぷりとつかって至福のひと時を満喫した。
 軽くのぼせて部屋に戻ったタイミングで夕食が運ばれてきた。にこやかで丁寧な言葉遣いが好印象の仲居さんが手際よく料理を運ぶ。
 目の前にずらっと並べられた豪華で華やかな食事に「わぁ」と声を上げて子供みたいに興奮してしまった。

「ゆっくりしたいから、一度に全部運んでもらった。いいよな?」
「うん!」
「なんか俺、風呂入ったら眠たくなってきたー」

 テーブルに突っ伏しながらあくびをしている姿がなんだか可愛い。
 その後眠たそうにしていた永瀬もお酒が入ればなんとかその場は持ち直し、長い時間をかけて食事を楽しんだ。

 部屋から見えた緑豊かな景色も、夜になればまったく別の景色に変わる。酔っぱらって火照った身体を冷まそうと、バルコニーに出て外の風に当たっていた。見える明かりは少なく真っ暗で、その代わり空いっぱいに星が散りばめられていた。その景色に圧倒される私とは正反対に永瀬はつまらなさそうに空を見上げる。その温度差に不満をぶつけると。

「だって、見慣れてるし」
「あ……そっか。実家の夜空も綺麗なんだろうね」
「まぁね」

 永瀬はチョロチョロとお湯が流れる音の方へ目を向けると「あれ、どうする?」と言った。

「露天風呂! 絶対入りたい。でも……入るなら朝かなー。景色も楽しめるし」

 再び空を見上げるとあくびが出てしまった。

「眠いの?」
「今日はよく眠れそう。素敵なとこだから眠っちゃうのはもったいないけど」
「眠れるかな?」
「もう、自分だって眠たいくせに」

 手首を掴まれて引かれる。そしてそのまま永瀬のあとをついて歩く。リラックスしていた気持ちに一気に緊張が走るこの瞬間。実は結構好きだ。

「浴衣姿やばい。かなりいい」
「……スケベ」
「それにまた、しばらく会えなくなるわけだし」
「あ……」

 しばらく会えなくなる。そうだ、この連休が終わったら私はまた大阪に行くんだ。前みたいに会いたい時に会えなくなる。
 手を引かれて部屋に戻ると並べて敷かれた敷布団が二つ。扉を閉めるとすぐに背後から抱きしめられる。

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