Verbal Promise(口約束)~プロポーズは突然に~
「たしかに? 誰もいないフロア内のこんなに狭い場所で、自分の女と二人きりでいたらその気になっちゃうよ。なぁ?」
「え……」

 嫌な予感がする。
 じわりじわりと縮まる距離。至近距離で見下ろされて。誰か、知らない相手と話をしているみたいだ。

「試してみようか?」
「な、なにを……」
「密会」

 密会。その言葉と同時にあの日給湯室(ここ)から聞こえてきた男女の淫らな会話を思い出した。

「いやーっ!」

 目前にまで迫った永瀬に体当たりをして入口を背にして振り返る。そして私は両手を前に掲げた。

「これ以上、近づかないで……!」

 鬼気迫る表情で逃げ惑う私を永瀬は涼しげな表情で見据えている。

「なんだよ、意外と手強いな。ま、そうだろうな。分かってたけど」
「え? え?」

 一歩、二歩と。再びじりじりと縮まる距離に気が気でない。

「おまえさ、俺の何が不満?」
「単にタイプじゃない」

 間髪入れずの返答に、涼しげな表情も一変して眉間にシワを寄せた険しいものに。お、怒った……?
 一瞬で距離が縮まって、外へ逃げようとドアノブに手をかけたけど手を取られて壁に押し付けられる格好になる。ま、まずい!

「おまえのタイプって……あぁ、杉浦さんのような男か」 

 久々に聞いたその名前に思考が停止したのも一瞬。続いて蘇ってきた昔の記憶に「はっ!!」と大きな声が漏れた。

「突然のプロポーズ、ま、まさかあの時の約束を鵜呑みして……!?」
「あ、思い出した?」

 突然のプロポーズのワケ。
 そんな馬鹿な……あんな口約束、誰が本気で真に受けるっていうの……?

「ま、理由はそれだけじゃないんだけどさ」
「……は?」

 永瀬は混乱して呆然とする私を見て「ははっ」と声を出して笑った。何が何だか分からず笑われて、不愉快な気分で永瀬を見上げる。

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