Verbal Promise(口約束)~プロポーズは突然に~
 その日の夜、私は永瀬に電話をかけた。
 杉浦さんとの話、社長との話。今日の出来事を包み隠さず話していた。
 その中でも永瀬は社長との話に食いついた。

「そうだと思った。おまえ鈍いんだよ」
「だ、だって……」
「しかも好意を持たれているのにまったく気付かないとか。間抜けすぎる」
「お、怒ってる……? だって……仕方がないじゃん。自分に好意があるなんて夢にも思わな……」
「そっか、仕方ないか」
「……フォローの一つくらい入れたらどうなのかな」

 いつも通り、昔からの私たちの会話。色気もなにもないこの雰囲気も好きだけど。

「……違う。こんな話をするために電話したんじゃないの」
「んー?」
「私、三月いっぱいで会社辞めるって。今日上司に伝えたから」

 電話口の向こうの永瀬からの反応がないまましゃべり続ける。

「ただ、引継ぎをしなきゃいけなくて……三月は忙しくて無理かもしれないから、落ちついてから引継ぎってなるともうちょっと伸びちゃうかもしんないけど。でも、ちゃんと引継ぎはしたいから……」

 一言も言葉を発しない永瀬に違和感を覚える。

「ねぇ、聞いてる? 」
「……あ」
「ん? なに?」
「いや……。決心、ついたんだなって思って」
「私、結婚を逃げ道にして仕事を辞めるのは嫌だったの。……こんなとこで弱音はいてちゃ、未知の女将業なんてできるわけないし」
「なにがきっかけ?」
「うーん……。一応、前の上司にも必要とされてたみたいだし、今日も社長と今の上司にがんばってるって言われて自信がついたというか……って。これからが仕事量やばいらしいんだけどね。生きて春を迎えられるかな。ははっ!」

 一人で笑って見せても電話の向こうの相手は沈黙。

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