朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
翌日,土曜日。

お昼ご飯を済ませた
由宇と朔は,
夕方,陽和と
待ち合わせしていた。

「あ,朔ちゃん,
 由宇ちゃん。」

陽和が待っていたのは,
駅前のカフェではなく,
朔の家の近くの
スーパーだった。

仲良くカートを押す
由宇と陽和に,
朔は顔を赤くした。

 ど・・・
 どう見ても俺たち・・
 親子だよな・・。

そう思いながら
照れて頭をかいている
朔の様子を
陽和と由宇は不思議そうに
振り返っていた。

「今晩は何にしようか?
 由宇ちゃん,
 何が食べたい?」

「うーん・・・?
 ・・さくちゃんは?」

「え・・あ・・
 そう・・だなあ・・・。」

朔は,陽和のほうを見やる。

陽和は一生懸命
食材を選んでいる。

 やばっ…
 かわ…いいな…。

朔はそんな陽和の様子を
見ながら胸をときめかせていた。

「陽和の得意なものが…
 …いいな…」

「と…得意…?」

陽和は少し困った顔をして
朔を見つめる。

「あ…そうだ。
 由宇ちゃんと一緒に作れる
 ものがいいかな。

 ハンバーグとか…どう?」

「わー!ハンバーグ!」

「お,いいね!」

「じゃあ,今日はハンバーグね。
 由宇ちゃんも手伝ってね」

「ぼくも?
 うん!」

由宇はうれしそうに
にっこり笑った。

陽和はハンバーグの材料や
付け合わせの野菜を
選んでカゴに入れていく。

レジを済ませた品物は,
取り出したエコバックに
詰めていく。

「なんか,いいな…
 そういうの」

「え?あ…やだ…。
 ごめん…なんか所帯じみてる
 …ね…。」

陽和はちょっと恥ずかしそうに
朔のほうを見た。

「いや…ううん…
 なんかそういうところも
 陽和らしくていいなって」

「…え…?」

聞き返した陽和に
朔は小声で伝える。

「そういうところが…
 …かわいい…」

「…朔ちゃん…」

陽和はさらに恥ずかしそうな
表情を浮かべた。

「よし,じゃあ。
 …帰ろうか…?」

「うん」

朔はわざと「帰ろう」という
表現を使った。

それはもしかしたら,
まだ錯覚の域を抜け出て
いないのかもしれないけれど…

「3人で 3人の家に
 帰る」という…
その光景が…いつか
本物になりますようにと
そういう願いを込めて…。




助手席には陽和ではなくて
荷物が乗っている。

陽和は後部席に由宇と二人で
楽しそうに座っている。

 まあ…これもありか…?

朔はミラーで二人の様子を
ちらりと確認した。



車を降りると,陽和はすぐに
荷物を持とうとする。

朔はクスッと笑って
荷物をさっと取り上げる。

「あ…」

「はは…。さすがに
 女の子に持たせるわけには
 いかないから…」

朔は軽々と荷物を2つ
片手で持ち上げる。

「あ…ありがと…」

陽和はそんな朔の姿にまた
キュンとしていた。

「じゃあ,ちょっと
 待っててね。

 手伝ってもらうときには
 呼ぶからね」

「はーい」

陽和は持ってきたエプロンを
着けて,料理を始めた。

てきぱきと野菜の下処理をする。

付け合わせのじゃがいもや
ブロッコリーをゆでる。

朔と由宇は遠くからその様子を
こっそり眺めていた。

「ねえ,さくちゃん?」

「ん?」

「ひよりせんせい,
 おりょうり,じょうずだね」

「あ…ああ…」

「すごいね!」

「うん,そう…だな」

朔は陽和の料理の腕前にも
感心していたけれど…

それ以上に台所で
手際よく料理をこなしていく
陽和の姿に…
普段の園での勤務の様子を
重ねてみていた。

言葉で…どう表せば
いいのかわからないけれど…

…その姿は…
朔にとっては何よりも
魅力的だった。

朔と由宇は,ぼーっと
そんな陽和の様子を眺めていた。

「あ,由宇ちゃん?
 手伝ってくれる?」

ハンバーグをこねて
成形するところを由宇に
手伝わせるつもりだった。

「あ…えっと…
 さ…朔ちゃんも…する?」

「え?あ?
 …そう…だな」

朔は自分が料理に誘われるとは
思ってもみなかったけれど
なんだか楽しそうだなと思って
参加することにした。

「さ,じゃあ
 これをこねこねしてね」

陽和はみじん切りの玉ねぎや
ひき肉をビニール袋に入れる。

それを一つは由宇に渡す。
そして,もう一つを朔に…。

「あ…うん」

朔は少し戸惑いながらも
陽和に渡されたビニール袋を
こねた。

「こ…こんな感じ?」

「うん!上手!」

そう陽和は
にっこり笑って
ほめてくれた。

陽和に褒められると
不思議とうれしく感じる。

「じゃあ,次は形を
 作ってね。」

陽和に言われたとおりに
成形して…少しだけ
いびつだけれど
ハンバーグができあがった。

「じゃあ,ここからは
 私が作るね。
 二人は向こうで座って
 待ってて!」

「はーい!」

由宇は元気よく返事をして
手を洗ってリビングへ戻った。

「あ…朔ちゃんも…。」

陽和は残された朔を
見上げて,優しく笑った。

「あ…うん。」

料理をする陽和に見とれていた
朔は…少しだけ顔を赤くして
リビングへ向かった。

「ハンバーグ,
 たのしみだねえ!」

由宇は嬉しそうに朔を見て
笑う。

由宇のこんな,心からの
笑顔を見たのは
いつぶりだろうか。

朔の心の中には不思議な
気持ちが育ってきていた。


陽和が醸し出す空気は,
朔だけではなく周りの
いろいろな人を幸せに
する気がした。

それは…由宇にも…。

由宇は朔といることで
幸せを感じていた。

それはもちろん…
朔にとっても…。

ただ,
「たった二人だけの」家族。
お互いを強く強く
支えあわなければ
生きてはこれなかった。

…だから…
ときには,二人で
一生懸命踏ん張って…
頑張ってきた。

だけど…
そこに陽和が加わることで,
不思議と…
ふんわりと優しい空気が
流れる。

そっと…やさしく
包み込まれているような…。

それは…
母親を感じるような…
優しい空気。

陽和がいてくれることで…
この空間のバランスが
妙に取れているような
気がしていた。

もしかしたら…
陽和は…

朔にとってだけではなく
由宇にとっても…
かけがえのない存在…。

そうなることが…
…予感された…。


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