朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
改札を抜けて,
陽和はホームへと向かう。

朔は駅の外に出て
くるっとふりかえると
ちょうど陽和が見えた。

少し距離が離れて
落ち着いた陽和は,
朔にそっと手を振る。

その光景に…
朔は…もう…自分の気持ちに…
嘘が…つけなくなった。

 もう…
 今日は…陽和を…
 帰したくない。

朔は慌てて携帯電話を
取り出して…
陽和に電話をする。


「…もしもし…」

陽和は,朔のほうを見ながら
戸惑った表情で
話し始める。

「陽和!!
 俺…俺…

 やっぱり俺…
 今日…

 陽和を…
 帰したくない!!」



「え…あ…ええっ…」

陽和は突然のことに
返事に困っていた。



朔は,電話を外して
ホームに向かって
叫んだ。


「陽和!!!
 …このままうちに
 …一緒に帰って
 くれないか?」

朔の声を聞いて,
ホームにいたわずかな人たちが
振り返ってクスクスと
笑っていた。

「あ…え…ええっ…」

陽和が戸惑っているうちに
電車が来てしまった。

陽和は朔に向かって
困った表情を浮かべたまま…
…電車の中に消えていった。

誰もいなくなったホームを
見つめて…朔はがっくりと
肩を落とした。

「はあ…
 俺…超…
 情けねえ…」

まるでフラれてしまったかの
ように…がっかりとうなだれて
ベンチに腰掛けた。

 いくらでも…
 今日は…
 伝えるチャンスが
 あったのにな…。

 どうして…
 こう…ギリギリにならないと
 …伝えられない…のか…

 …陽和…
 呆れてるだろうな…

 …嫌われて…しまったら…
 どうしようか…

朔は,ポロリと涙をこぼした。

「はあ…情けないな…」

また同じことをつぶやいた。

そのとき,
陽和からメッセージが入った。

”駅に着いたら
 電話します。”




5分後。

まだベンチから
立ち上がることができない朔に
陽和から電話がかかってきた。

「あ…朔…ちゃん?」

「あ…さ…さっきは
 ごめん…」

「あ…あの…」

「さ…さっきのことは…
 忘れて…。」

「え…あ…あの…」

陽和は困った声で…
朔の思わぬ言葉に
意を決してこたえる。

「あの…朔ちゃん…
 あのね…

 上りの終電があと…
 15分後なの。

 急いで…用意するから…
 あの…荷物持って…
 それに乗るから…

 …そのまま待っててくれる?」

「え…?」

朔は一瞬,どういうことか
わからなかったが,
陽和の言葉の意味がわかると
驚きの声を上げた。

「あ,ああ!!!
 え…あの…?」

陽和は急いで家に向かって
いるのか…
それとも,緊張で…なのか
少し息が上がった様子で
続ける。

「わ…私も…あの…
 お…同じ気持ち…
 だったの…。

 今日は…今夜は…
 朔ちゃんと…

 一緒にいたい!」

少し涙声になった陽和の声に
朔の心は,鷲掴みにされて
大きく揺り動かされた。


「陽和…」

「あの…朔ちゃん…

 そ…それでも…いい?」


「ああ…
 もちろん…
 俺…うれしくて…
 倒れそう…。

 待ってる…から
 気を付けて…来て」

「うん」

そういうと,陽和は
電話を切って走り出した。



陽和は家に入ると,
着替えと簡単な化粧道具を
かき集めて,
鞄に詰め込んだ。

時間はあまりない。
はいていたヒールの
高いサンダルを
ペタンコのサンダルに
履き替えて
また…駅へと走った。



朔は待ち切れず。
入場券で改札を抜けて
上りのホームで
陽和を待っていた。

陽和を乗せた電車が
到着する。

陽和を見つけた朔は…
そこへ駆け寄った。

朔は人目をはばからず
ホームで陽和を
強く抱きしめる。

「きゃ…もう…
 さ…朔ちゃん…」

「陽和…」

ドアが閉まり…
二人の様子を乗客が
見やりながら
電車は通り過ぎた。

「もう…恥ずかしいよ…

 それに…汗だくだし」

「俺のために走って
 くれたんだろ?」

「え…あ…うん…」

陽和は恥ずかしそうに笑う。


「…朔ちゃん。
 あの…これで終電…
 なくなっちゃったから…

 …もう…私…今日は
 帰れないから…ね」

「うん。
 もう…今日は…
 離さないから。
 
 愛してる…陽和」

そういうと朔は
思い切り口づける。
そっと目を開くと
朔の目からは一筋の
涙がこぼれていた。

「やだもう…朔ちゃん」

陽和は恥ずかしそうに
笑った。

手をつないで帰る道のりは
なんだか照れくさくて…
でも…幸せで満ち溢れていた。

「はあ…」

朔はため息をつく。

「ん?」

「なんか,俺…
 今日も陽和に決断…
 させてしまったなあ…。

 なんか情けない」

「え…ううん…
 そんなことないよ…

 あの…
 叫んでくれて…
 …すっごい恥ずかしかったけど
 …うれしかった」

「…え…」

「あんな風に大好きな人に
 言ってもらって…
 私…本当に…
 幸せ…だと思った」

「…陽和」

朔は驚いて陽和のほうを見る。
その額には,まだ
汗がにじんでいたけど…

朔には世界で一番
美しく輝いて見えた。

「俺…また…
 嫌われちゃったかもって…
 …正直へこんでた」

「え?…だから…」

「ん?」

「前にも言ったでしょ。
 私が朔ちゃんを嫌いになる
 なんてこと…絶対ないから。

 朔ちゃん…ずるいよ…
 そんなこと言いながら…
 私…どんどん…朔ちゃんのこと
 好きになって…

 …もう…私…
 どうしたらいいか…
 わからない」

そういって,涙をこぼす陽和に
朔はまた…照れていた。

「大丈夫。
 じゃあ…お互い様だな…」

朔は照れ隠しに
にやっと笑いながら
陽和の頭をそっと撫でた。

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