朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
…3時間ほど前。
病院で朔は,橘に付き添っていた。

目を覚ました橘は,
腕の痛みに少しだけ顔を
ゆがめたが,朔が付き添って
いることにホッとした様子だった。

「どうしたんだよ,お前,
 なんか,ぶつかる前,
 フラフラしてなかったか?」

「あ…ええ…実は…」

橘は,痛み以上につらそうな
表情を浮かべた。

橘は,よく,保健室に遊びに
来ていたメンバーの一人だった。

中村先生に恋の相談もしていた。

実は,1年ほど付き合っていた
彼女とうまくいかなく
なっているらしい。

相手は,同じクラスの女子。

どちらかと言えば,
大人しくて,奥手に見える
子だった。

どことなく,陽和と
似ているような気がした。

「実は…その…
 この間…キス…しようとした
 …んだけど…
 完全に拒否られて…」

「はあ…」

朔は,苦笑した。

 そうだよな…男の思うことと
 女性が思うことは
 違うもんな…

「それから…避けられてるん…
 …です…」

「…そうか…」

「好きなのは変わらないけど
 ちょっと距離を置きたいって
 メールが来て」

「…ふーん…」

「だけど,もう1年も
 付き合ってるんですよ。
 キス…くらい…
 …俺だってしたい…」

「…まあ…だよな…」

朔は,橘の気持ちは
痛いほどわかった。

「…で,お前はどうしたの?」

「まあ…彼女がそういうなら,
 少し待った方がいいのかなって
 思って,待ってたんだけど…」

「だけど…?」

「アイツ…俺の親友と…」

「親友と…?」

そういうと橘は
涙をポロリと流した。

「俺のこと拒否しておいて,
 2人で仲良く,
 ベンチに座って楽しそうに
 話をしてたんすよ」

「はあ…」

「俺は,ありえないと思って…
 その場から走って…」

暗い表情の橘に
朔は同情した。

「…そうしたら,
 彼女からも,アイツからも
 それぞれ『誤解だ』って
 メールが来たんだけど…」

「ほお…」

「でも,俺はもう
 信用できなくて…
 …って悩んで…
 あんまり眠れなくて…

 …で…フラフラ…と…」

「なるほどな…」

朔は,少し納得した顔をした。



「橘…さあ…」

「はい…」

「つらい気持ちは
 わかるんだけどさあ…

 2人が誤解だって
 言ってるんだろ?」

「はい」

「じゃあ,ちゃんと
 そのこと,確かめたか?
 2人の口から,聞いたか?」

「え…いや・・・」

橘は困惑した顔をした。

「お前は,その子のこと…
 好きなのか?」

「…はい…」

「じゃあ…さ…
 悩む前に,とりあえず,
 ちゃんと状況を聞いてみたら
 どうかな?

 それから,考えても
 遅くない気がする…けど…」

「え…はあ…」

朔は,一瞬陽和の顔を
思い出しながらこう言った。

「思いは…さ…
 言葉にしないと
 伝わらないんだよ。

 ちゃんとさ,
 お前が,彼女のことを
 好きだってこととか…
 …まあ…だから
 キスしたかったんだってこと…
 …とか,

 …でも,ちゃんと
 彼女のペースも考えて
 やらないとな。

 でも,ちゃんと
 それぞれの気持ちを
 はっきりと聞いてみた方が
 いいと…俺は思うよ」

「…先生…。

 …そ,そうかも…」

橘は,少しだけ
すっきりした顔をした。

「ありがと…先生。
 やっぱ,経験者はちがうね」

「なんだよそれ…」

朔は,そう言われると
照れて笑った。

自分が…不思議だった。

ついこの間まで,
恋愛のことなんて全く
わからなかった…。

だけど,陽和と恋をして…
恋ってどんなものなのか
なんとなくわかってきた気がした。

思いは言葉にしないと
伝わらない。

相手のペースに
合わせることも大切。

「好き」の感情と
行動は…複雑。



どれもこれも,
陽和と一緒に1つずつ
経験してきたことから
学んだこと。

陽和の存在は,
人間としての器を
大きくしてくれたように感じる。



何しろ,恋愛相談を
受けられるようになるなんて,
…大きな進歩だなと
朔は苦笑いしていた。



「先生は,彼女…
 いるんすか?」

橘は,唐突にそう聞いた。

「…あ…ああ…」

朔は,照れながらも
そう話した。
これだけ,自分のことを
語ってくれた橘に対して
嘘を言うのは…違うと思ったから。

「うーん…けど…
 …たぶん…だけど…

 …もうすぐ『彼女』じゃ
 なくなる…」

「え…?」

橘は不思議そうな顔をして
朔の方を見る。

朔はにっこり笑って,
照れながら,さっき買ってきた
ものを見せた。

「今日は,これを買いに
 行ってたんだ。
 お前,誰にも言うなよ。

 俺も…お前の恋愛,
 応援するから…さ…」

橘は,驚きながら
嬉しそうに言った。

「まじで?
 俺,何か,先生の
 大事な日に…
 すんません…」

「いやいや,
 …一生忘れない日に
 なったかも…」

そういうと2人は笑いあった。
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