朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
満足そうな朔の顔に
陽和が苦笑いしているとき,
ドアの向こうで,
由宇の声がした。

「さくちゃん?
 かえってきたの?」

「あ…由宇」

朔と陽和は,慌てて
服を着て,部屋のドアを
開けた。

「さくちゃん!」

由宇は嬉しそうに
朔に抱き付いた。

「ごめんな,由宇。
 心配したか?」

「ううん,
 だいじょうぶだよ」

そういうと,朔は
由宇を抱き上げた。

「よし,せっかくみんな
 早く起きたから…
 早く出発するか?」

「…うん!」


陽和は,台所に行って
昨日作っておいたものを
温めていた。

「陽和?」

「あ…ちょっと
 朝ご飯には早いでしょ?」

そういうと,ランチジャーに
豚汁と,昨日のおでんを
詰め込む。

さっとおにぎりと
卵焼きを作った。

「…わ…いいにおい♪」

由宇は嬉しそうに眺める。

「途中で,食べようね」

陽和はにっこり笑って
準備を進めた。

朔と由宇は
大きな荷物を車に
積み込んでいた。

陽和がなんとか運んできた
大きな荷物を朔が
ひょいっと持ち上げる。

陽和は,ふっと
あることを思い出した。

修学旅行の時,
大きな荷物をバスの
荷物置きに持ち上げる時,
背の低い陽和は届かなくて
困っていた。

そのとき,向かいの席だった
朔が,ひょいっと持ちあげて
くれて…

あのとき,嬉しくて
でも恥ずかしくて…

「ありがとう」と
小さい声でいうと,
朔は,なぜか
真っ赤な顔をしたことを
思い出した。

「そういやさあ,
 修学旅行の時,
 陽和,荷物を棚に
 乗せられなくて,
 困ってたよな」

「え…あ…うん。
 朔ちゃんが,
 助けてくれたんだよね。

 私も今そのこと,
 思い出してた」

「え?そう…か。
 あのときの,陽和。
 可愛くてたまんなかったな」

「え…?」

朔の意外な言葉に
陽和はびっくりした。

「小さい声で
 『ありがとう』って
 言ってくれて…。

 俺,あのとき,
 心の中で
 ガッツポーズしてた」

「ガッツポーズ?」

「陽和の役に立てたかなって。
 で,にこっと笑って
 くれただろ?
 俺だけに笑ってくれたって…。

 でも,あの頃の俺には,
 あまりに,それが
 眩しくて…。

 顔が赤くなってるの,
 わかってたけど,
 それ以上何も言えなかった」

「…朔ちゃん」

陽和は,あの頃の朔の
気持ちをあらためて聞かされて
心が温かくなるのを感じた。

「ありがと,朔ちゃん」

「え…もう…
 …ダメだって…
 煽んないで,陽和」

そう言いながら,朔は
陽和の頬にキスをする。

「や,もう,朔ちゃん!」

「あー!
 さくちゃん,ひーちゃんに
 ちゅーした!」

朔は,由宇がいることを
すっかり忘れていた。
顔を赤くしながら
由宇の頭を撫でる。

「いいの,陽和は
 俺のなんだから」

「えー,さくちゃんだけ
 ずるーい!」

そういうと由宇と朔は
楽しそうに笑っていた。
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