朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~
陽だまり ~エピローグ~
14年後。

「本当に行っちゃうの…?」

涙ながらにそう言ったのは
陽和の声だった。

「ねえ,由宇ちゃん。
 今から,止めても
 いいんだからね」

そう言いながら陽和は
号泣していた。

ここは成田空港。
由宇は,これから
カナダ・トロントへと向かう。

「あのね,ひーちゃん。
 大げさすぎ…。
 俺,短期留学だからね。
 2か月ほどだよ?」

「だって~…
 由宇ちゃんと離れるの
 寂しいんだもん」

由宇は困った顔をして
朔に助けを求める。

「朔ちゃん,
 ひーちゃんなんとかして」

朔はクスクスと笑いながら
陽和の頭を撫でる。

由宇は,大学で宇宙工学を
専攻していた。
学部の短期研修生で
カナダへ行くことになった。

「ママ,泣きすぎ~」

そう言ったのは,次女の
小陽(こはる)だった。

朔と陽和は,4人の
子どもがいた。
長女の美月(みづき),
次女,小陽,
三女の七星(ななせ),
長男の昴(すばる)。

「由宇兄ちゃん,
 気を付けて行ってきてね」

そう言ったのは,小学校に
上がったばかりの七星。

「ゆうにいたん,
 はやくかえってきてね」

まだ3歳の昴は,
状況がよく分かっていない
様子だった。



「ねえ,由宇兄ちゃん,
 あれ…もしかして…?」

美月のにやにやとした
視線の先には,
ロングヘアの女性が
立っていた。

「あ…ちょ…っと待ってて」

由宇はその女性のところに
駆け寄って,何やら
話をしていた。

その女性は,由宇の胸に
顔をうずめて,
泣いていた。

「わあ,由宇ちゃんったら
 隅に置けないわねえ」

「だって,由宇兄ちゃん,
 モテるもの」

「あ,でもあの彼女とは
 ずっと昔から
 付き合ってるよね」

「え?美月知ってたの?」

「うん。だって,
 中学校の時から,
 よく一緒に帰ってたよ」

由宇は,その女性を
ギュッと抱きしめた後
手を振ってこちらへ
戻ってきた。

「由宇ちゃんったら,
 そんなに大事な人がいたなら
 紹介してくれたらいいのに」

「え…ああ…だって,
 ひーちゃん,よく
 知ってるだろ…あいつ」

「え?」

由宇が手招きすると,
さっきの女性が近くに来た。

「わあ,お久しぶりです。
 陽和先生」

「え?」

陽和は一瞬目を丸くした。
保育園に通っていた子…?」

「さすがに,わからない
 ですかねえ…

 私…木本麗美といいます」

「…ええっ!?
 もしかして,あなた
 たんぽぽ組だった
 麗美ちゃん?」

「そうです!
 あのとき,由宇さんに
 助けてもらって」

それは,由宇がブランコに
ぶつかりながら助けた
麗美ちゃんだった。

「まあ!麗美ちゃん!
 すごい!
 大きくなって…」

そういう陽和に
由宇は苦笑いだった。

麗美は,頭を下げて,
由宇に手を振り,その場を去った。

「そうなんだあ…まあ…
 由宇ちゃんも初恋の人と?
 やっぱり血は争えないわね。
 朔ちゃん」

そう言って笑う陽和に
朔は苦笑いだった。

「いや,俺の初恋は
 残念ながら
 麗美じゃないよ。
 麗美とは中学の時から
 付き合ってるけど…」

そういうと,由宇は
陽和の耳元でこっそりつぶやく。

「俺の初恋は…
 ひーちゃんだから。

 最も俺が好きになった時には
 ひーちゃんは,朔ちゃんに
 夢中だったから
 すぐにあきらめたけどな」

「ええっ!?」

陽和が大声を上げたので
朔が驚いて振り向く。

「どうしたんだ?」

「いや…何でもない…」

陽和はニコッと笑った。

「さて,じゃあ,そろそろ
 行くな。
 まあ,すぐ帰るけど…
 ひーちゃん,あんまり
 心配しないで」

「…うん…
 ちゃんと連絡,
 ちょうだいね」

「ああ。

 えっと…とりあえず
 短い間ですが,
 行ってまいります。

 あとさ…

 ひーちゃん,さくちゃん…
 あの…

 俺を,家族として…
 育ててくれて…
 本当にありがとう。

 行ってきます」

その言葉に陽和はまた,
号泣だった。

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